(約5000文字)
第三話「見えるものがすべてじゃない」
「王子、痩せましょう」
「唐突にどうした?」
アルヴィットは執務室にいた。
目の前には、ぽっちゃり系王子がひとり。
「いえ、先日のことです。王子めちゃくちゃ走るの遅かったじゃないですか。やはり、ここは早急に改善すべきだと思うんですよ」
「なにを言うのかと思えば……別に早く走れずとも支障はなかろう」
「いいえ。足が遅いということは刺客から逃げる時に困るということ。健康にも障ります。早急に改善すべきです」
「問題ない。余はいたって健康体だ。刺客とてフィーや親衛隊がおる」
王子の言い分に、ハァと溜息が出る。
「あの……本音を言っていいですか?」
「なんだ?」
「痩せてください、早急に。なぜなら、ぽっちゃり系王子とか見た目がよろしくないから」
「ずばっと言うな、そなたも」
国内のぽっちゃりさんから苦情が入るぞ、と王子はつぶやく。
だが、これは重要課題だ。
「いいですか、王子。世間一般の王子様のイメージと言えば、
ずばり『かっこいい』です。
そして爽やか、優しい、数々の武勇伝などなど、内面的な話があとから続きます」
「う、うむ……」
「つまり! 何が言いたいかというと、王子の売りはルックス! だからつべこべ言わずその弛んだ肉を早々に消せ!」
「いや……それは少々偏った意見ではないか? 外見よりも内面こそ重要であろう?」
「ふ……人は見た目が十割なんですよ……」
そう言って、アルヴィットは昔のことを思い出す。
あれはまだ、仕官試験に合格したての若かりし頃。
清楚でお淑やかな宮中の先輩、もといメイドさんに心を奪われ、お茶に誘ったその日。
〝ごめんね。アルヴィット君も素敵だけど、私、黒髪の王子様みたいな人が好きなの〟
ショックだった。まさか髪の色で振られるなんて……。
(茶色で悪かったな)
思い出して悲しくなった。ちなみにその彼女は赤毛の男と結婚したらしい。髪の色、関係ない。
「どうかしたのか?」
「いえ……」
こほんと咳ばらいをする。
「とにかく、一般人ならともかく貴方は王子です。そしていずれ王になるお方。ならばこそ、民の理想を体現せねばなりません」
「理想だと?」
「えぇ。現王をみてください。凛々しい相貌に、光獅子王の異名にふさわしい堂々たる風格をお持ちだ」
現王──レオニクス王は齢十八にして王座につき、その見事な手腕で先の大陸戦争時代を駆け抜けた人物だ。戦が終わっても国内の復興活動に力を入れ、当時の封建制度を見直し、色々と改革をした王だ。黎明王とも言われている。
「余に父上を目指せと? 確かに尊敬する御人ではあるが……嫌だそ、あんな髭だるまのおっさんになれなど」
「いや、そこまで似せろとか言ってませんけども」
(俺も嫌だ。そんな王子)
レオニクス王が光獅子王と言われる所以は、その見た目。金の髪に髭、いかつい双眸。屈強な肉体。まるで獅子を思い浮かべる容貌なのだ。
アルヴィットは、現王のように成長した王子を想像する。
(…………隣に立つのが怖い)
「まぁ、あれです。ルベリウス殿下も、サフィール王子も、エラルド王子……は置いといて、みんな王子様という感じでしょう。そういうことです」
「ふむ……兄上たちと比べるとは人が悪いの。以前、他の者は関係ないと言っ──」
「あーもう、うるさいな! ともかく減量! 決定‼ いいですね⁉」
「よくはないのだが」
ぶつぶつうるさい王子を一喝して、アルヴィットは王子スリム化計画を開始した。
◇◇◇
「──辛い」
あれからというもの、走りこみに剣術、とにかく動けるだけの予定を詰めた。食事は一日三食。間違っても菓子などは口にさせない。減量あるのみ。そんな日々を徹底していた。
「アルヴィットよ、余はもう限界だ」
「いや、まだ始めたばかりですけど」
そう、三日しか経っていない。だというのに、王子は既に音をあげている。
「運動はな、千歩譲って構わぬ。健康によいからの。だが、菓子は食べたいぞ」
「駄目です。砂糖は毒物です」
「毒って……」
砂糖が食べたい、と言って王子はフォークを皿の上でカチカチ鳴らしている。行儀が悪い。
いまは、午前の運動を終え、昼食を取っている最中だ。王子の前に並ぶのは王宮のシェフが腕によりをかけた野菜のフルコース。
「しかしなぁ、せっかく余のために、厨房のみなが菓子を用意してくれるのだ。それを食べないというのもな」
王子の執務室には毎日十時と三時におやつという名の軽食が届く。サンドイッチだったり、菓子だったり、日によってまちまちだ。しばらく止めるよう厨房に伝えたのだが、なぜか、たいそうがっかりされ、量は減ったものの、三時のおやつはいまだに届く。
「それはまぁ……心配いりませんよ。優秀な処理班がいますから、ほら」
そう言って、窓際でたそがれるフィーと、ソレを指でさす。
「にゃーん」
◇◇◇
遡ること昨日の午前。
「それで、先日の猫の件なのですが」
そう話すのはルベリウス殿下の側近、キース・グランポーン。
「隣国パトシナ産の新種の猫と判明いたしました。明日から開催される豊穣祭の見世物として出品予定だったようです。それが逃げ出し、城内に迷いこんできてしまったとのことです」
「なるほどそれで……」
パトシナとはユーハルドの下、南に位置する国だ。特にぱっとしない国だが、フィーティア教の本部があり、それなりに外交はうまくやっている。
「えぇ。いちおうは内々に外交問題として、あちらの国と交渉したのですが、その結果、謝罪をかねてこの猫を献上したいと先方からお話がありました」
「なるほど」
「この猫はパトシナ国内でも大変貴重な猫らしく、フィーティアの巫女たちがじきじきに管理しているとききます。今回は猫が生息する土地から盗み出され、こちらに入ってきたようです。いまの話からもわかるように重ねて言いますが、大変珍しい猫です」
「……はい」
「それで、どなたにこの猫を預けるか検討した結果、ぜひとも、今回の功労者でもあるライアス殿下にお渡しするようにと我が主が」
「にゃーん」
「………………」
「ほう、よくみると愛らしいの」
「………………」
(愛らしいの、じゃない。確実にそれ、厄介者押し付けられたやつだろう)
「ですが、捕まえたのはエラルド王子ですよ?」
「あぁ、いえ。かの王子は城をお空けになることが多いので。はじめはこちらのフィーティア支部に預ける話もあったのですが……ライアス殿下の元にはフィネージュ様がおられますから。神殿の巫女たちも是非にと仰っておりました」
(なるほど。フィーは彼等にとって信仰の対象だからな)
でも、厄介払いには間違いない。
そんなわけで、新たな仲間(マスコット)が加わった。
◇◇◇
「イリスか。確かに菓子しか食わんからな、あれは」
イリス。猫の名前だ。猫というか狐みたいな猫だが。
「そういうことです。ですから王子は安心して、そちらのフルコースを召し上がりください」
王子は、うげっと嫌そうな顔をしながら、緑の野菜を皿のすみによけている。残さず食えと思うが、好き嫌いは仕方がない。アルヴィットもリンゴが嫌いだ。
「さて、昼食も取ったことだ。王都へ繰り出すぞ」
そう言って王子は席を立つ。
「え、また王都に行くんですか?」
「ああ。今は豊穣祭が開催されておるしの。うまいものがたくさんあるぞ」
(減量中だって言ってんのに)
豊穣祭。一年の豊作を祈る祭り。
そういえば今日からの開催だったか。他国からの来賓客をもてなすために、ルベリウス殿下が王の代わりに町を案内していると聞く。それに伴い、大半の兵たちが町へ出ているので、実は城の警備が緩……いや町の警備が万全なのだ。出掛けたとしても、この期間は安全だろう。
「いやでも……先週のことを考えれば、またさらわれでもしたら……」
それだけじゃない。豊穣祭の警備指揮はサフィール王子だ。
万が一、どちらかの王子と鉢合わせでもしたら、お忍びに難色を示されるだろう。
実のところ前回、ペリードを介して、サフィール王子に注意された手前、見つかると非常にマズい。
王子にそれを説明したら、
「はは、そう何度もさらわれるものか。アルヴィットは心配症だな」
そう言われてしまい結局、外へ出るのだった。
◇◇◇
──王都グラニエ
「だよね」
王都へやってきたアルヴィットたちは祭りを楽しんでいた。
しかし、気が付くといつのまにか王子とフィー、親衛隊もいなくなっていた。
「わかってたよ……。うん、わかってた」
いわゆるお約束だよな! とアルヴィットは自分に納得させてみたものの、
「──って! どうすんだよ! これ!
また誘拐だったらありえねぇ──────‼」
急いで王子を探す。
また箱の中に入ってたりして、と近くにある樽やら箱やらを漁ってみるが、そう簡単にみつかるはずもなく。また軍へ行くの嫌だなとげっそりしていたら、頭上に影が落ちた。
「よう。盗みは鞭打ちの刑だぜ?」
上を向くと濃灰色の髪をひとつにまとめた、涼やかな青年が立っていた。
「ストラス! 久しぶりだな! いつぶりだ?」
「先々月。お前の昇進祝いで飲んで以来」
「あーあれな。あれは儚い夢でした」
「…………?」
ストラスはアルヴィットが仕官学校時代に出会った男だ。
仕官──王に仕える文官は大抵が貴族や家柄の良いものに限られている。だが数年前に改定され、身分の区切りを無くし、仕官試験制度が作られた。それに合格した者が一定期間、宮中の作法などを学ぶ場所が仕官学校だ。
田舎出身のアルヴィットにとって、安く物が買える彼の店はありがたい存在だった。常連となる内に、あれこれ融通を聞いてもらっていたら、いつのまにか酒飲み仲間となっていた。数少ない同い年の友人でもある。
「よく分かんねぇけど、本当に盗みでもしてんなら、ほっとこうか?」
そう言って、ストラスは担いでいた樽を地面におろす。
「してない。王子探してんの。つーか友人が悪行働いてたら止めろよ」
「そう言われてもなぁ、そんな奴いっぱいいるしよ」
ほら──と、彼は少し先の店を指差した。そこには、店主が後ろを向いた瞬間に果物をひょいっと盗む男がいた。
「まぁ……治安の問題は……そうだな、うん」
王都である以上、警備体制はそれなりだが窃盗は多い。どの国もそうだが、貧富の差はなかなか埋められない。比較的豊かなユーハルドでもそれはある。
「ま、仕事がねぇからな。王都じゃ庶民の仕事は重労働ばかりだ。運よく俺みたいに、いい店主に使ってもらえれば長く働けるが……どこも扱いは酷いもんさ」
大抵の店のオーナーは爵位持ちが多い。
なかには、純粋に商売で成功した富裕層もいるが、何事も始めるにはまず金と信用が必要だ。この場合の信用は家格による信頼となる。
「で、王子がなんだって?」
「あぁ。豊穣祭を見たいって言うんで町に来たんだけどさ、あのポチャぷー迷子になりやがったんだよ」
「ポチャ……? 第二王子がか? 噂じゃスラっと背が高いって話だが……」
「サフィール王子はなー。俺が探してるのは第四王子」
「第四? ライアス王子か」
「そう、それ」
「でもお前、第二王子付きだって喜んでなかったか?」
そうだった。でもそれはいわゆる、
「お偉方の手違いってやつだよ……」
「ははっ、成程」
ストラスはひとしきり笑ったあと、軍へ行くことをすすめてきた。
「探すなら軍に行けよ。さっきから悪目立ちしてるぞお前」
(それはわかってるが)
正直行きたくない。
豊穣祭の警備を担当するサフィール王子の軍は貴族出身が多い。昔から軍そのものは志願すれば誰でもなれるのだが、彼の部隊は基本的に血統を重んじた構成になっている。師団長クラスともあれば理解ある人もいるが、アルヴィットからすれば王子はまともなのに、下がなぁという感じだ。
「軍は駄目だ。庶民の話なんかまるで聞きやしない」
「そうは言っても、王子がいないんだ。探すくらいすんだろ?」
(しないんですよ)
「あーまったく……。一緒にきた親衛隊もいねぇし、ほんと勘弁してくれよ」
アルヴィットは盛大に肩を落とす。
その様子に呆れたような顔でストラスが言った。
「お前……それはアルヴィットが迷子になったんじゃ……」
違う。断じて迷子じゃない。
「まぁ、いいや。俺、仕事中だからもう行くわ」
「おう、またな」
ストラスは樽を担ぎ直すと、
「王都で最近、妙な薬が流行ってる。変なやつに絡まれても相手にすんなよ」
お前は意外と頭に血がのぼりやすいからなと言って、雑貨屋の方向へ歩きだした。
「薬? それって」
なに──と聞こうと瞬間、
────パンッ!
すぐ近くの広場で小さな爆発音がきこえた。
つづく!