いなばの◯描きブログ

遠野の漫画練習blog

ユーハルドの王佐 第3話-Ⅱ「見えるものがすべてじゃない」

第三話つづき(6000文字弱)


 

「俺たちはピナート公国の人間だ! 祖国を奪ったレオニクスを断罪し、公国を取り戻すことをここに宣言する!」

 噴水広場の中心で、なにやら青年が演説をはじめた。男はアルヴィットと同じくらいの年齢だろうか、彼の周りにはこれまた同様に若い青年たちが数人いた。

「たまにある反国運動か……」

 足をとめたストラスが呟く。

「ピナートって確か大陸戦争の、ウチに負けた公国だっけ?」

「あぁ」

 ──大陸戦争。四十年前、エール大陸全土で大規模な戦があった。その際にいくつかの国が東の帝国に吸収され、ユーハルドも危機に陥った。

 だが、現王レオニクス王の策で(またた)く間に帝国を追いやり、更には帝国側についていた国を一つ落とした。それがピナート公国だ。現在は農場地区となっている。

「あれはまずいな」

 そう言ってストラスは彼らの(かばん)を見ろと小声で言ってきた。

そこには石が詰め込まれているようで、開いた鞄のくちから赤く光る物体が見えた。

(──竜焔石(りゅうえんせき)か)

 竜焔石とはその名前の通り、竜の炎のごとき赤い石。石そのものが燃える特殊な石だ。火を使う作業に使われ、大陸全土に流通する鉱石。純度が高いほど火が付いたら、水をかけても消えない。一般的に出回るものは屑石(くずいし)なので問題はないが、ごくまれに高純度のものが混ざってしまい、時折火事を引き起こすという扱いが難しい石だ。

「あの大きさ、軍用か何かか?」

 鞄に入っているので、よくは見えないが、おそらくリンゴサイズはある。

「あんなもん万が一、火薬と一緒に使われたら……」

「このあたり一帯が火の海になるな」

 ストラスは眉間にシワをよせて言った。

 青年たちの演説は駆けつけた巡回兵たちによって、いったん止まっている。だが、すぐに殴り合いとなり、騒ぎに集まった人たちが野次を飛ばしている。

「いけー! そこだ! 右、右!」

「がんばれー」

「オレ、青年のほうに串焼き一本!」

「こっちは酒を賭けるぞー」

 ……いつまにか賭けの対象になっている。というのも、この豊穣祭の期間はあちこちテントが張られ、昼間からみんな飲んで騒いでいるからだ。

(軍の人気ねぇなー)

 あの様子だと放っておいても時期におさまるだろう。

 そんなことより王子を探さなくては。

「ストラス、俺行くわ。さっきの話、あとで聞かせて──」

 そう言いながら振り返ると、ストラスはいつのまにかいなくなっていた。

「あれ? 店に戻ったのか?」

 本人も樽も無い。

(まぁいいか、それより早く……)

「うぉぉぉぉぉぉぉ」

 青年たちの喧嘩は、さらにヒートアップしている。

 加勢に来た兵たちも入り、より大きな騒ぎになっている。

「げ、痛そう……」

 さきほど演説していた青年の顔を兵が殴り、負けじと彼らの仲間が殴り返す。

 兵たちは剣を抜き、青年たちも短剣を構える。キーンキーンと剣が打ち合う音が広場に響く。

「あーあ、面倒だな……王子がお忍びで来てるってあいつ等が知ったら……」

「面倒なことになるの」

 隣に王子が居た。

「え、えぇえ⁉ 王子⁉ いつの間に⁉」

「そなたがボケーとあの者達を眺めている時からだ。探したぞ? 全く迷子とは情けない。それでも余の三つ年上か?」

(ぐ……今回は言い返せない)

 なぜなら王子の傍らにはフィー、そして親衛隊がいたから。完全にアルヴィットが迷子だった。

「まぁ祭りどきだしな。はしゃいでしまうのもわかる。許してやろう」

 盛大な勘違いをしつつ、王子はアルヴィットに問いかけてきた。

「して、あれはなんだ?」

「え? ああほら……四十年前の大陸戦争ですよ。当時ユーハルドが手に入れた公国の……子孫ですかね? どう見ても俺と同じくらいだし」

「大陸戦争? なんだそれは」

「………………………」

(そうだった、コイツ歴史が苦手だった)

「大陸全土を巻き込んだ大きな戦ですよ。そのせいで数多くあった国も減って、そのほとんどは東の帝国に取り込まれたんです」

「ふ……む。よく分からぬが、四十年前ということはたいそう昔の話であろう?」

「まぁ、最近ではないですね」

 たいそう、というほど昔でもないが。

「で、あれば、あの者たちは我がユーハルドで生まれたのであろう? なぜ、あのように父上を揶揄するのだ? 何を怒っておる」

「それは──」

 上の世代の影響だろう。

 そう王子に伝えようとした時、頬を腫らした青年が竜焔石を懐から取り出した。すでに仲間の全員が兵たちによって取り押さえられている。最後のあがきというやつだろう。

(────! ここで投げたら人が!)

「フィー!」

 王子の合図でフィーが走り、兵たちの合間を抜け青年に飛び蹴りをくらわす。

 彼は手をおさえ、しゃがみこんだ。そのわずかな隙に、兵たちが一斉に飛びかかり青年を地面におさえつける。

 石は落下したときの風圧で、ゴウゴウと燃えはじめた。

「ライアスごめん。火、ついた」

 広場へ走った王子に、申し訳なさそうに耳を下げながら謝るフィー。獣耳も相まって、その様子はさながら、しょぼくれた子犬のようだ。

「いや、よくやったぞ。石なら燃え尽きるまで待てばよい」

「ライアス殿下! ご協力感謝いたします」

兵の一人が敬礼する。青年たちは全員縄で縛られたようだ。

そんな彼らに王子は問う。

「そなたら、なぜこのようなことをする」

「は? なぜだと?」

 先ほどまで抵抗していた青年が答える。演説をしていたのも彼であり、この男がおそらくこのグループのリーダーだろう。

「決まっている! 俺たちの国を取り戻すためだ!」

 彼がそう叫ぶと、そうだ、そうだ! とほかの仲間たちが騒ぎ出す。

 その様子は何だかおかしく、目が異様に輝いている。

「取り戻すも何も、お前たちの国はこのユーハルドであろう? 四十年前の国なぞ、生まれていないではないか」

「ふん。関係ないね。俺の祖父は戦いで死んだ。祖父だけじゃない、みんなそうさ。四十年前の戦争で、お前らユーハルドの人間に家族を殺されたんだ。母さんも村の連中もいつも言ってる。必ずピナートを取り返すってな」

 そして一瞬、青年は心底悲しそうな表情をすると、すぐに兵たちを睨みつける。

「わからぬな、なにをそう躍起(やっき)になる」

 王子は理解できない、といった表情で彼らを見ている。

 青年は口を固く結ぶと答えた。

「…………笑ってんだよ」

「笑う?」

「恨んでるくせに、中央の役人がきても、へらへら、へらへらと。やつらの要求を甘んじてんだ。だから、思ったのさ。そんな情けない大人たちに代わって、俺が、俺たちがなんとかしようってな!」

(それは……)

 生活があるからだ。生きていくため、家族を養うため、下げたくもない頭を下げ、相手に(へりくだ)る。生きていくための大切なすべだ。

「いいか、見てろよ! 俺たちが捕まれば、村の連中だって黙っていない。そうなれば──」

「それは、そなた自身の意見なのか?」

「は?」

 王子は青年に尋ねた。ほんとうに彼自身が望むことなのかと。

「それはまわりの者が望むことであろう?」

 青年は、はっとした表情をし、王子を見る。

「余は過去のことは詳しく知らぬ。その時代に生を受けたわけではないからの。どれほど遺恨深い話なのかは分からぬ」

だが……と王子は続ける。

「同じ過ちを繰り返さぬよう、(いまし)めとして後世に伝えることと、これからを生きるものへの(かせ)にするのは違う。大人たちの憎しみをそなたらが背負う必要はないのだ」

 枷──生きている限り、あらゆる枷がその人自身を(おお)う。生活をするための縛り、他者との関係、肉体の劣化、心の揺らぎ。だからこそ、憎悪なんていうマイナスな枷は最初からない方がいい。だけど──

(それは難しい話だ)

 人は感情がある生き物だ。どんなに忘れたいと願っても、憎しみや悲しみから逃れることは難しい。それはきっと、沼底を歩くような苦しい感覚だろう。その苦痛を語る語らないは人それぞれだが、それが親しい身内ならば見ているだけで辛いものだ。

 だから、その青年も──

「ふざけるなよ……!」

 彼は目を血走らせて怒った。

「くだらない説教して楽しいか! 何がわかる、母さんの苦しみが、村のみんなの苦しみが、お前にはわかるのか!」

 そう叫んで、青年は立ち上がる。

「──! 王子さがれ!」

 青年は隠しナイフを持っていた。彼は一瞬の隙をついて縄を切ると、ポケットから爆薬と竜焔石を取り出しながら走り、市場に向かって石を投げた。その瞬間、それはボボっと燃え出し、テントに火をつける。

「おい! テント近くの者はすぐに離れろ!」

「きゃぁぁぁぁ────」

 たくさんの悲鳴が聞こえる。

「燃えろ! 燃えろ! 俺らの国を燃やしたようにこの国も燃えちまえ‼」

「ひゃっは────」

 青年はすぐに兵に取り押さえられ、隠し持っていたナイフや爆薬を取り上げられる。

仲間の男たちが一斉に発狂する。

(怖ぇ………もしかしてさっき聞いた薬かなにかか?)

「いや! それより水! 消さないと!」

 王子の側には兵がいる。だからこちらは急いで消火活動にあたる。石の炎は消えなくとも、テント類の消火はできる。だが、

「バケツが無い!」

 当然だが、手元にバケツなどなく、アルヴィットは広場から少し離れ、近くのテントから木箱を拝借する。ぱらぱらと火の粉が飛ぶ。

「くそ、思ったより火の回りが早い!」

 消火自体はすぐに近くにいた者たちがはじめたが、テントが隣接しているせいで、どんどんあたりに燃え移っていく。

(どうする、このままじゃ)

「放て──────‼」

 数メートル先の人だかりから水が勢いよく放たれた。

 

◇◇◇

 

 煙の向こうで司令官らしき男が兵たちに指揮をしている。

「水……? どこから……」

「アルヴィット!」

「ストラス! お前どこ行って……」

「どこって軍に知らせに行ってきたんだろ。でも遅かったな」

 ストラスがまずったという表情をして言うと、防炎布のマントを着た兵たちが、わらわらと集まってきて消火活動をはじめた。

「あいつらさ、目が異様に血走ってただろ? あれ、例の薬の特徴なんだよ。なにか起きる前にと思ったんだが……お前の言う通り、軍が動かなくてよ。相変わらず駄目だな」

 ストラスはすごく疲れた顔をしている。アルヴィットにも経験があるが、さぞ苦労したのだろう。

「いや、助かったよ。でもよく動かせたな。今の時間帯は貴族様が受付だろ?」

「あぁ、それなら受付で怒鳴ってたらさ、奥から司令官っぽい奴が出てきたんだよ。で、そいつが指示してくれた」

「そうか」

(師団長クラスのやつか? その辺は結構まともだし)

「あぁほら、あれ」

 そう言ってストラスは、離れた距離にいる男をさす。

「赤いマントを着た黒髪の男」

 キース卿だった。さっきの声は彼のものだったのか。そして彼の隣にはルベリウス殿下がいる。

「おま……あれ第一王子……」

「は?」

「いや、なんでもない……」

 そういえば町へ来ていたのだった。

(はやく戻ろう)

 見つかったら、怒られる……かもしれない。

「いや……まぁいいや。こっちは任せた。俺はあっちに行くから、じゃあな!」

「おう」

 こちらは彼らにまかせ、アルヴィットは王子の元へ戻った。

 

◇◇◇

 

「王子! 怪我はありませんか?」

 鎮火していく火をぼーと眺めている王子の元へ駆け寄る。

「ん、あぁいや……問題はない」

 先ほどの男たちはすでに連行され、ここにはアルヴィットと王子、フィーといつもの親衛隊しかいない。他の兵たちは消火活動と避難誘導をしているようだ。

「のう、アルヴィットよ。余はなにか間違ったことを言ったか?」

「……………………」

「なぜ、あの者は石を。この火事は……」

 ──自分のせいなのか、と言いたいのだろう。

「……世の中、何が正しいかは人それぞれです。意見なんて通用しないことの方が多い」

「だが……」

 王子には理解ができないのだろう。彼らがユーハルドを憎く思う理由が。

「……かつて公国があった土地は牧場地帯になっています。戦場の傷跡は修復され、元公国の人間は農業を生業に生きている。だけど──」

 心の傷は消えない。勿論彼らではなく、その上の世代の。

「いまでも意見の衝突がときどきあって、王がうまく対処しているんです」

 自然を(たっと)ぶ大陸では、農場地区での争いは起こらない。それを見越して現王はかの地に牧場を築いた。それでも時折、小さな争いは起こる。武力活動は無いにしても諍いが起きるたびに、レオニクス王は彼らの代表と直接話をしてことにあたっている。

 正直、王自らが動く案件ではないとは思うが、見えないところで王は──彼らの長も、お互いが暮らしやすい国を作るために努力をしている。

(そうか、だから……)

 一度だけ、見たことがある。城の会議室から出てきた、ひどく無表情な男。たしかあれは、かの村の代表だったはず。その男にあの青年はよく似ていた。

「王子、彼らの場合、生まれはユーハルドでも心は公国です。あの男が言ってたように、親や周りの大人がこの国を憎んでいる。それを見て育てば、無意識な反国精神が生まれるものです」

「そういうものなのか」

 王子は悲しそうな顔で言った。

(………………)

 親の言葉は呪いだ。

 アルヴィットはそう思う。子は親を、大人を見て育つ。大人の言うこと、やること全てに影響される。言葉を悪くすれば、それは洗脳と言ってもいい。彼等自身に自国を恨む経験はなくとも、周りがそうなら、それが恨みの理由となる。

(今回のはまぁ、薬とやらの影響もあるだろうが)

 火はあらかた消え、焼けたテントが転がっている。幸い、死傷者はいないようだ。

 竜焔石は燃え続け、兵たちが石に土をかけている。ああすることで、炎の広がりを防げるからだ。

 アルヴィットは隣に立つ王子を見る。

 こんな時、彼なら消火活動の手伝いのひとつでもしていただろう。そういう王子だ。だが──

「……………………」

 先ほどから何も喋らないで、燃える石をみている。

(………………)

 何を言うべきか言葉を探す。目にうつる光景は悲しい争いのあとだ。だけど。

「──王子、見たものが全てじゃないですよ」

 王子はこちらを見る。

「さっきの男もそうだが、なにも見えているものだけが全てじゃない」

 人の言葉はうらはらで、必ずしも態度と一致するとは限らない。

 笑っているのに悪意を向ける者。怒っていても争いたくない者。平和のために心を殺す者──

「たしかに、説得には失敗した。だけど──あんたの言葉は響いていたはずだ」

 アルヴィットは地面に落ちたままの火薬を見る。

 それは青年が手に持っていながら、投げることのなかったモノ。

「だってほら、アイツ爆薬使わなかっただろ?」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

──カツン、カツン。

石造りの廊下を歩く影がひとつ。

「ねぇ、アレはどこから手に入れたの?」

女は牢に繋がれる男たちを見て言った。アレとは例の竜焔石のことだ。

「普通の市場では流れていない高品質、の類なのだけれど?」

女はもう一度問う。

「………………」

だが男たちは答えない。

「困ったわ。こんなことなら誰かひとりくらい、さらって(・・・・)おけばよかったかしら」

そう言って、目の前の(むくろ)一瞥(いちべつ)しつつ女は歩き出す。

その表情は深く被ったフードでよく見えない。

口元のみを月の光が照らす。

「仕方ない。こちらの件はもう少し泳がせましょうか」

美しい唇に弧を浮かべ、女は闇へと消えていった。

 


つづく!

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