一章のおわりごろ。サフィールの件が片付いたあとのお話です。2000文字くらいのショートストーリー。リィグ視点の一人称だよ。
ライアス王子のお兄さんのことが片付いてすぐのことだけど、約束通りマスターがお菓子を焼いてくれたんだ。
「ほら、これでいいか?」
「……うーん。これ、食べられるの?」
差し出されたのは紫色のパンケーキ。いったい何を入れたのかって思うんだけれど、その毒々しい見た目に、さすがの僕も出した手をひっこめた。
「なんだよ。お前が作れって言ったから作ってやったのに。文句があるなら食うな」
「文句は出るよー。だってこれ紫色だよ? 毒でも入ってるんじゃないの?」
「入ってません」
「ほんとに? じゃあ何が入ってるのさ、これ」
「ハッカの根とマロウ草と、いろんな薬草」
「なにそのまずそうな組合せ」
パンケーキなのになんでそんな薬草まみれなの。しかも効能がよくわからないし。
色もさながら、匂いもね……。なんだろう、爽やかな香りなのはわかるけど、部屋の中に冷たい空気が充満するくらい爽やかな感じっていうのかな。なにごともやりすぎは良くないと思うんだよ。
そんな感じでマスターが作ったお菓子と睨み合っていると、隣から小さな手が伸びてきた。
「フィーも、食べる」
一枚取って、口に運ぶフィーちゃん。だけどすぐに吐き出した。
だよね。ぜったいマズいよね、それ。
だっていつも無表情のフィーちゃんが珍しく「まずぅ」って顔してるもん。
苦いのかな? だいぶ渋い顔をしているみたい。
「ゼノ……くそ、まずい」
「ええ? ちゃんとレシピ通りに作ったけど……」
そう言って不思議そうにメモを見るマスターだけれど、レシピって誰に教えてもらったんだろう。
「おかしいな……ミツバの言う通り、香りのいい薬草を選んだはず……」
あ、あの赤い髪のお姫様ね。
あの人、料理とか不得意そうだけど大丈夫なのかなぁ。不安になって聞いてみた。
「ミツバちゃんって料理得意なの?」
「下手だよ」
即答だった。じゃあなんで教えてもらったんだよ。
「やっぱあれかな……焼き時間誤ったか……」
ところどころ焦げたパンケーキを眺めながらぼやくマスター。
火加減というか、味加減じゃない? この場合。
「ちゃんと味見したの?」
「した」
「どうだった?」
「薬草の味だった」
だろうね。だってこれ、ハーブケーキだもん。
マスターの真正直な回答に半ば呆れつつ、仕方がないから紫色のものに手を伸ばした。
いざ、ひとくち!
サク。ねちょッ。ニガっ!
同時に鼻を突き抜ける清涼感!
……うん。まずい。
苦みと涼しさが同時にやってくるこの感じ。口のなかがスースー。
見た目どおり、匂いどおり、爽やかな毒の味がした。
「これで契約完了か?」
「え、うん……まずいけど……まぁいいよ」
僕が食べたのを確認し、マスターが皿を持ち上げて、ゴミ箱にざざーっとパンケーキを捨てた。
「捨てるの?」
「だって、食わないだろこんなもん」
「そうだね……」
あっけらかんと言うマスターに、やっぱり不味いっていう自覚はあったんじゃないかと思う。
(それにしても……捨てるのはもったいなよなぁ……)
僕はあたりを見渡した。あ、いいもの発見。
「マスター、あれ使っていい?」
「あれ?」
「うん、りんご」
僕が床に置いてある大量のりんご(木箱)を指すと、マスターが眉間にしわをよせた。
「……あぁ、別にいいよ」
「?」
りんごからふっとそらされる瞳。声のトーンもちょっと低い。なんだろう? と思っていたら、フィーちゃんがぽつりと言った。
「ゼノ、りんご……きらい」
「そうなの?」
「ん。しゃりしゃり……嫌、って」
「へー」
そうなんだ。こんなに美味しいのにもったいないね。
マスターの許可を得て、リンゴをいくつか貰ってジャムを作った。
そこにさっき拾っておいた激まずパンケーキが再登場。
パンケーキのうえにジャムを乗せていく。
「うん。これでいいかな」
甘い香りと、爽やかなハッカの香り。ひとくち食べると、うん美味しい。
苦みを甘さで消して、スースーするのはまぁちょっとアレだけど、アクセントとしてはいけるかな。
やっぱりほら、食べ物は大切にしないとね。なによりせっかくマスターが苦労して作ってくれたんだし。
僕は知ってるよ?
床に小麦粉をぶちまけて、リーア姫の侍女さんに嫌味を言われながらも頑張ってくれていたことくらい。
そんな努力が光るパンケーキ。
拙いけれど、不味いはずがない。
まぁ、欲をいえば、今度作ってくれるときは生焼けは勘弁してほしいなぁ。
パンケーキ食べたい!
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