ちょうどゼノが療養中のあたりのお話です。(約7500文字)
ばたばたと廊下が騒がしい。
何かあったのかと思い、ゼノは扉から顔を出す。
「どうした? フィー」
廊下を見れば、ふさふさと尻尾を揺らしながら、桶を運ぶフィーがいた。
「リーアの水」
「姫の?」
視線を落とすと、桶の中に氷が浮かんでいる。
飲み水か?
一瞬そう思ったが、飲用の水なら水瓶に入れるだろう。なにより白い布まで浸してある。つまるところ、それは病人用の仕様だった。
「風邪でも引いたのか?」
「んーん。リーア、よく熱出る」
「熱が?」
「ん。リーア、身体軟弱」
(軟弱って……)
姫相手に失礼な物言いだ。
「熱、高いのか?」
「五〇度」
「高っ! ……ってそれ死んじゃうやつ!」
「ん。意識ない」
「意識ないって……そりゃあ五〇度もあったらなぁ……」
冗談だと思いたいが、相変わらず言葉の少ない彼女に、本当だったらかなりまずいよなぁと考える。
「オレも見に行っていい?」
そう伝えれば、フィーがこくんと頷いて、ゼノの前を歩いていった。
「失礼します」
部屋に入ってすぐ、澄んだ空気に髪が揺れ、花の香りがくすぐった。
そこでゼノは少し遅れて気づくことになる。ここはリフィリア姫の私室だった。
広々とした部屋に、白が基調の調度品。愛らしいデザインのカーテンに、やはり可愛らしい猫と兎のぬいぐるみが置いてある。
(入って大丈夫だったのかな)
なにせ年頃の少女の部屋だ。
見知らぬ(といっても、何度か顔は合わせている)男が部屋に入ることは嫌がるかもしれない。いつも会うと怯えられるし。
「ゼノか。なに用だ?」
「え、いえ。姫が熱を出されたときいたので」
視線をフィーに向けると、短く「ん」と答え、水桶を侍女のエレノアに渡した。
「大丈夫ですか? 姫の熱」
「駄目だの。かなりの高熱を出しておる」
王子は首を横に振ると、エレノアから新しいタオルを受け取り、姫の額に置いた。
びしゃっ。
水が跳ねて枕を濡らした。
「ライアス様。もう少しよくお絞りになったほうが……」
エレノアが苦言を呈しながら、姫の額からタオルを取り、そのまま絞って再度乗せた。
「薬は? 飲んだんですか?」
問えば、王子は首を縦に振り、昼食と一緒に飲ませたと言う。
「しかし熱が下がるところが、上がっていくいっぽうでの。いま離宮のものに、医務官を呼ばせにいかせたところだ」
「あがっていく……」
ちらりと窓へ視線を移す。涼しい風が吹いてくる。
換気目的で窓を開けてあるのだろうが、全開はどうなのか。
(それよりも……)
日はまだ高い。昼をとって正味二時間くらいといったところか。
薬が効くのが遅いにしても、もう下がってもいい頃合いであり、むしろいま下がらないということは、夕方、夜にかけて更に上がっていくということだ。
熱が五〇度……は無いにしても、いま落ち着かないと少々まずいことになる。
(苦しそうだな……)
姫を見ると、フィーの言う通り意識が朦朧としているようだった。
浅い呼吸に上気した頬。ときおり聴こえる、ひゅーひゅーとした呼吸音からも、気道が腫れて狭まっているとみえる。
なんとかしてあげたい。
ゼノは目線を斜め下へ向ける。考えること数秒。
「飲ませた薬、みせてもらってもいいですか?」
「薬? 構わぬが」
王子がエレノアへ目配せした。するとすぐに、彼女は棚から薬瓶を取り出して渡してきた。
「こちらの薬粉を小さじ一杯。紅茶に溶かして、お飲みいただいております」
エレノアが言った。
「紅茶? お湯じゃなくて?」
「リーア様は苦い薬が苦手なのです」
そういう問題か。
紅茶の種類にもよるけれど、薬の効果を打ち消すものもあるから、できれば白湯にしてほしい。
「ま、まぁともかく……」
匂いをかいでみる。それで大体はわかった。この独特の香り。よく熱さましに使われる薬草だろう。つづいて、わずかに手に取って舐めてみる。
苦い。確かに良薬口に苦しというくらいだ。薬なのだから苦いに決まっているが、それにしてもひどくエグミのある味だった。
採ってきた場所か、時期が悪かったのか。いずれにしても、紅茶に入れて飲みたくなるのもしょうがないか……と、ゼノは手についた粉をぱらぱらと払う。
そこに、男がひとり部屋のなかに入ってきた。
「失礼いたします。リフィリア姫殿下の御容態はいかがでしょうか」
医務官だ。白いローブマントを身に纏い、手には大きな鞄を持っている。中には薬だろう、いくつかの薬瓶や薬草が入っていた。
「見てのおり、熱が下がらん」
「お薬はお飲みになられましたか?」
「昼食の時に飲ませた」
「なるほど……」
医務官が姫の首に手をあて、へら棒で口の中を覗く。
年は壮年、優しげな雰囲気の医務官はひとつ頷き、エレノアへ紅茶を持ってくるよう告げた。
(やっぱ、紅茶なのか……)
別に駄目じゃないが。
医務官は侍女に茶を頼んだ後、鞄から数種類の薬草を掴み、乳鉢へと入れた。
それらをごりごりと磨り潰すこと数分。エレノアが紅茶を持ってきた。
ふわっと、甘酸っぱい香り。苺の茶だ。
医務官は茶を受け取ると、潰した薬草を布に広げ、ぎゅっと絞った。ぽたぽたと布から草色のしずくが落ちて、紅茶のなかに混ざっていく。
「では、こちらの御薬を——」
「待った」
そこでゼノは待ったをかけた。
「……?」
医務官が不思議そうにゼノを見た。
「その薬草じゃ、即効性は薄い。もっとすぐに効くやつがいいと思いますけど」
「すぐに……ですか」
今度は少し怪訝な顔をされた。
それはそうだろう。とつぜん口を挟まれたと思ったら、自分よりも年若い少年に言われたのだから、いい気はしないはず。とはいえ、医務官は怒ることなくゼノへ質問を返した。
「と、いいますと」
「いまの姫の状態だと、熱が高すぎて意識も無い。おまけに気管もやられているから、すぐに熱が冷めるよう、強い解熱薬と……あとは呼吸を楽にするものを合わせた方がいいと思います。コルツの葉とか」
そういうと、医務官はわずかに目を見開いた。
ついでにいえば、王子が珍しく驚いた顔をしている。
「お前、ずいぶんと詳しいな」
「まぁ、昔から植物図鑑とか見るのが好きだったので」
「ふむ……常々お前は物を知らぬなとは思っておったが、なるほど。知識に偏りがあるタイプだったか……」
ひどい言われようである。
王子が「ふうむ」とうなるのを見て、医務官が言った。
「コルツでしたら、医務室にありますね。ちなみに強い解熱薬というのは?」
「クロメドウの花とかですかね」
「クロ……⁉」
案の定、「それは……」と医務官が言いよどんだ。
(まぁ、一般的には毒の花だしな)
クロメドウ。通称『常闇草』。
その名の通り、闇夜のような黒花を咲かせる植物だ。通常の、白い蕾をつけるメドウ草ならいざしらず、こちらは毒性が強いから一般的には使われない。
しかし、毒も使いようによっては薬になる。うまく使えば優秀な解熱薬となるのだと、以前、本で読んだことがあった。
「失礼ながら、あれは毒草です。姫に飲ませるわけには……。なりよりそのようなもの、医務室にも置いてありませんよ」
「毒……?」
医務官の言葉に、王子がぴくりと片眉をあげる。
「い、いえ。うまく使えば、いい薬になるんですよ?」
慌てて返せば、王子はまたも「うむ……」とうなり、医務官に尋ねた。
「そのクロメドウとやらはどこに?」
「まさか……お飲ませに? でしたらその……陛下か王佐閣下に許可をいただかねば……」
ひどく焦った様子で、青ざめる医務官に「では貰いに行ってこい」とのんびりした声で王子がいった。
「クロメドウを?」
ロイドが書類から顔をあげた。
ここは王佐ロイディールことロイドの執務室だ。
彼はいま、書類仕事を片付けているらしい。サインをしたと同時に、横からさっと新しいものが机に置かれている。なんとも忙しそうだった。
「えぇ、姫の薬にと彼が」
恐々としたようすで医務官が後ろに立つゼノを示した。
「ゼノか」
「はい。リフィリア姫の熱が高いとのことで」
「なるほど。確かに彼女は体が弱く、熱もよく出すが……今回はいつもよりも?」
ロイドが医務官へ視線を向けると、医務官は深く頷いた。
「なるほど。そういうことならば、ここはひとつお願いしようか」
「……! よろしいので?」
医務官が驚愕の顔をみせた。
「ああ。構わない。どうせ、毒見をさせてから飲ませることに代わりはないからね。まぁ当然、毒見役は君になるがいいかな?」
優雅な笑みを浮かべる王佐に、ゼノは「はい」としか言えなかった。
「了承を得たところで、さっそく花を探すぞ!」
「おー」
「おー」
「……ってなんでお前がついてくるんだよ」
なぜかフィーの隣に、赤髪の少女が立っている。シオンの姉ミツバだ。
「いいじゃない別に。暇だったんだもの」
(迷惑だから、言っているんだよ!)
ゼノたちは城の薬草園にやってきた。
ここは古くから代々、城の薬師(医務官)たちが管理しているらしく、さまざまな薬草やキノコが生い茂っていた。
「ひとまず、王子は姫の看病でつきっきりだし、三人で探すか」
あのあと急患が入り、医務官はそちらへ行ってしまったが、自由に薬草園を見ていいと言われたので好きに入らせてもらったのだ。
「えーと……クロブドウだっけ? 葡萄の実を探せばいいのよね?」
「違う。クロメドウ。葡萄じゃないし、実でもない。花だよ花。おーけい?」
「どんな花よ」
「名前の通り真っ黒い花。ちょうど今が花の咲く時期だから、探せばあると思う。出来れば蕾の状態だと嬉しいかな」
「蕾? なんでよ。咲いているほうが綺麗じゃない?」
「いや、綺麗とか関係ないから……。蕾のほうが薬効が高いんだよ。あ、一応言っておくけど、採っても食うなよ。毒だから」
「食べないわよ、花なんか……って毒⁉ まさか誰かを殺るつもり⁉」
「違います」
謎の構えをとるミツバに事の経緯を説明する。そうしたら、つまらなさそうに「ふーん。いいや、あたし帰る」と言って、本当に帰ってしまった。
じゃあ、なんで来たんだよ。ほんとうに。
城へ戻るミツバの背を見て、ゼノは長い息を吐いた。
「ん、ゼノ。はやく」
「あぁ、ごめん。フィーも気をつけてな? うっかり食うと身体が冷たくなって、ぶっ倒れるから」
「ん……気をつける」
ゼノはフィーと手分けして、花を探した。
「もう日暮れか……」
空を仰げば、オレンジの陽が眩しい。
すでにかれこれ二時間以上は探しているが、花が一向に見つからない。
そろそろ戻らないと、完全に陽が隠れてしまう。
「フィー、駄目だ。見つからない」
「もうすこし」
「そうは言ってもな」
白いほうならば見つけたが、肝心の黒いメドウ草が見つからない。季節としては咲いていてもおかしくはないはずだが……と、肩を落としたところで、フィーがぽつりと言った。
「あった」
「あった?」
フィーが頭上に指を向けた。それに従い、ゼノもうえを見れば——
「高っ!」
なぜあんな場所に。
クロメドウが生えていたのは岩壁だった。それも高くそびえたつ城壁の中間くらいの位置だ。あれでは、うえからも下からも採れそうにない。ゼノは茫然と城壁を見上げた。
「え……あれどうやって取れと?」
クロメドウはゆらゆらと風に吹かれながら岩壁から伸びていた。
花を咲かせ、目当ての黒い蕾も問題なくついている。だけど場所がよくない。微風に揺られ、しなを作る草を眺めてゼノはぽかんと口をあけた。
「のぼる」
「はっ⁉」
フィーが壁に足をかけた。
手足を器用にひっかけ、岩壁を上っていく。だが危ない。
思った通り、フィーが足を滑らせた。
「——危ない!」
叫んで、受け止めようとして押しつぶされた。
「ごめん、ゼノ」
「大丈夫……」
フィーは立ち上がり、ゼノの手を取ると、今度はこちらに登るよう催促した。
「無理だから」
不可能。首を振りながら思う。この絶壁をのぼれる猛者など、どこにもいない。しかし、採らなければ姫の病状が危険の域に入ってしまう。
葛藤のすえ、ゼノは意を決した。
「フィー、はしご作るから手伝って」
「りょーかい」
幸い、近くに倒壊した木々が打ち捨てられていたので、フィーに頼んで鎖鎌で割いてもらった。すさまじい切れ味だった。
それをツタで巻いて、はしごは完成した。およそ三十分の出来事だった。
「おさえてて!」
「ん」
「ぜったい、離すなよ!」
「ん」
「ぜったいだからな!」
「ゼノ、しつこい」
そんなやり取りをしながら、ゼノはクロメドウが生えている位置まで梯子を登るが、
「届かない!」
あと数センチ。手を伸ばせども届かなかった。
どうする。
昼とは違い、冷たい風が自身を襲う。心なしか強くなりつつある風に、嫌な冷や汗と想像が吹き出す。
もしもこのまま強風があおられて、はしごが落ちたら?
間違いなく真っ逆さまだ。身体が地面に叩きつけられたあと、骨は木っ端みじん。いや、死ぬだろう、これは。そんな背筋が凍る考えに頭を振って払拭する。
「そうだ!」
ふと思いつき、ゼノは懐の羽ペンに手を伸ばして槍へ変えた。
それをクロメドウへ伸ばす。ぷつり、と音がして花の房が宙を落下する。
「よし!」
正直にいえば、花びらが散ってしまわないか心配だが、背に腹は代えられない。数枚、いや数つぼみ取れればいいのだから、多少は問題ないだろう。
ほっと安堵の息をもらしたところで、ぐらっと梯子が動いた。
「——え」
ふわりと舞う身体の感覚。
しまったと思った時にはもう、落下していた——
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ゼノは姫の私室へ入った。
「む……なんだ。その小汚い恰好は」
王子が自分を見て、むっと顔をしかめた。
そう。あれからの話だが、地面に落ちるすんでのところで、腕輪から風を発生させ、難を逃れたのだった。
九死に一生というやつか。
服に泥やら草やらが付着しているのは、薬草探しに奔走していたからであり、無事ではあった。
しかし、おそらく治りかけていた肋骨のひびが若干広がったかもしれない。
重い痛みを感じつつも、ゼノは途中で医務室へ寄って薬を作ってきた。
その際、減毒処理というよりも、薬の調合に驚かれ、ぜひ医務官にと誘いを受けたが、丁寧に断ってきた。
「これで、よくなると思います——あぁ、そうだオレが毒見するんだった」
ロイドに言われたことを思い出し、ゼノは薬をひとくち服飲した。
体温の以上なし。少し身体が涼しくなったが問題はない。
これを少しずつ、舐めさせる形で摂らせれば——
「姫。少し、身体起こしますよ」
エレノアに姫を支えてもらい、薬瓶から小さい匙で液体をすくって、姫の口へ入れる。
ぽたっ、ぽたっ。
飲ませる、というよりは水滴を少しずつ垂らしていく。
効きすぎてもいけないから、様子を見ながらゆっくり行い、数分後——
「……エリィ?」
姫がうっすら目をあけた。まだ意識が混濁しているのか、ぼんやりとした表情だ。
「目をあけたか」
王子が姫を覗き込む。
「に……さま」
エレノアに代わり、王子が姫を支え、頬に手をあてる。
「う……む、よくはわからんが少しは下がったのか?」
「え、あぁちょっと待ってください」
姫の額に触れようとする。
「——お手をお洗いになってからになさいませ」
エレノアに怒られた。
「あ、はい……」
水桶で手を洗い、姫の額に触れると、熱いが少しは温度が下がったかなと思う。
とはいっても、薬を飲ませる前に触れたわけではないから、どの程度下がったかはわからないが。
「まぁ、正確な熱は体温計で測ってください。あとこの薬はオレが管理しますので」
「ここに置いておかないのか?」
「これ、飲ませる加減を見誤ると危ないので。また熱があがって必要なら呼んでください。ひとまず着替えてもう休みます。傷口が響くので」
「そうか……それは無理をさせてしまった。医務官を呼ぶか?」
「いえ、大丈夫です。寝てれば」
立ち上がり、姫の眠るベッドから離れようとしたが——
(うん?)
ローブを引っ張られ、なにかと思い振り返る。
「あ……あり……がとう……ございます」
茫洋とした瞳で自分をみあげる姫。
微かにつぶやいたあと、そのまま王子にもたれかかり、再び瞼を閉じた。
後日のことだ。
「あの……」
部屋の入口に姫がいる。
黒刀を持つ男との戦い後、こうして肋骨にひびが入り、養生にと借りた部屋の扉から、姫がおずおずと顔を出している。
「な、なんでしょう……」
珍しい。ここで療養している間、ときおり様子を見には来てくれていたが、大抵は王子のうしろに隠れて、会話をすることも無かった。
そんな姫が、おそるおそる部屋へと入ってきた。「入ってもいいでしょうか」と、言いながら。言いも何も、すでに入っている。
「どうぞ」
「失礼します……」
恐々と近づく姫。そのうしろを姫の侍女、エレノアがついてくる。自身が眠っているベットの前で、姫はピタっと立ち止まると、深々とお辞儀をした。
「せ、先日は薬を作ってくださったと聞きました。ありがとうございます。感謝を申し上げます」
そういうといなや、ばっと顔をあげて、扉へと走っていった。
だが、部屋からは出ないようすだ。入口付近で立ち止まっては、振り返ってチラチラとこちらを見ている。
なにがしたいのかよくわからない。
(相変わらず慣れてくれてないなぁ……)
もはや苦笑いしかない。
しばらくこちらを見ていた姫が、なにか意を決したかのような表情で言った。
「あ、あのゼノくん!」
くん?
くんをつけられたことに、「ああ、まぁオレ童顔だしな……」と少し複雑な想いを抱えるも、ひとまず答える。
「なんでしょう」
「その……お、おやつは何がいいですか!」
おやつとは?
「えと……エリィが、お菓子を焼いてくれるのですが、兄様はりんごパイが食べたいと言っていて……でもゼノくんはりんごが苦手だとフィネージュに聞きまして……」
あぁ、なるほど。
それで確認を取りに来たのかと、理解した。
「それじゃあ、オレンジを使ったものがいいです」
「……は! はい!」
ぱっと華やぐ笑顔。姫がぱたぱたと廊下を走っていった。
残ったエレノアが一礼して、部屋を出て行った。
「元気になったみたいで良かった」
苦労して薬の材料を採りに行った甲斐があるというものだ。しかし。
「それにしても、『くん』かぁ……」
遠い呟きが風に乗り、窓から花の香りがふわりと舞った。ニワトコが咲く、初夏の季節のことだった。
シロメドウ=解熱、風邪。クロメドウ=体温が一気に下がるので用法用量にお気をつけください。
(挿絵のほうが高熱の姫になっているのは、私的なメモです!)