ひとまず第一段。ハロウィン企画SS
※突発的に書いたのであとで推敲します!
「相変わらず、この部屋は物が散乱しているな」
私の部屋も褒められたものではないが、もう少しマシというものだ。散らかる遊具に息を吐き、手近な本から片付けていると、誰かに服を引っ張られた。
フィーだ。
私のローブの裾を掴み、何かを訴えるような眼差しでこちらを見上げている。なんだろう。
「ゼノ、とりっくおあとりーと」
お菓子くれなきゃいたずらするぞ。
有名すぎる一節だが、いまの季節は冬。収穫祭(サウィン)ならとうに過ぎているし、なんならもうじき春の祭りが来る。季節外れ……というより妙な格好をしたフィー見て私は内心で首を曲げる。
犬耳仕様の黒いフード。墨色のブラウスにかぼちゃ色のスカート。すらりと伸びた細い足には、無造作に包帯が巻かれている。
収穫祭の仮装なのだろう。
ずいぶん手が混んでいる。急になぜ収穫祭?とは思うが子供のすることだ。ここは話を合わせてあげよう。
私は意識的にワントーン声を明るくしてフィーに笑いかけた。
「収穫祭か。似合ってるよ。それなんの仮装?」
彼女の目の高さに合うよう腰を落とせば、「お菓子くれなきゃイタズラ」と言われた。なんの仮装なのかは教えてくれなかった。
(菓子か……)
あいにくといまは持ち合わせがない。あとで用意とフィーに伝えれば、
「とりっくおあとーりーと」
「夕方くらいには──」
「とりっくおあとーりーと」
「渡せ」
「とりっくおあとりっく」
「……」
そんな連呼されても。あと最後のやつ、どっちもイタズラなんだが。
一定のトーンで『トリック・オア・トリート』と唱え続けるフィー。まるで壊れた魔導師のようだ。その少し不気味なさまに私はどうしたものかと悩む。
「クレハにでも頼むか……」
彼女は料理全般が得意だ。頼めばケーキのひとつやふたつ焼いてくれるだろう。
私はフィーの頭に手を置き、ぐりぐりと撫でた。ふいっと避けられた。切ない。
「また、あとでな」
「……」
片付けに戻り、私はこのあとの段取りを考える。まずはロイドに書類を出しに行き、風邪で休んでいるカイを訪ねて薬を渡す。
クレハにケーキを頼みに行くのはそのあとだ。
「それから──」
「とりっくおあとーりーと」
背後で再び不気味な呪文が呟かれた。
「疲れたな……」
私は指で眉間をもみながら、城の廊下を歩いた。すれ違う政務官に軽く会釈をしながら先のことを思い出す。
フィーの呪文。あれを止めるのには苦労した。
結局、偶然ポケットにアメが入っていたからそれで我慢してもらった。
今朝方リィグが渡してきたノド飴だ。寒いから風邪を引かないようにねとか言って、人のローブに手を突っ込んできた。
その時は何やってんだコイツ……と呆れたが今は助かった。
「着いたか」
王佐ロイディールの執務室。扉の前で手元の書類に目を落とす。
春羊祭の出欠席票だ。わざわざ出席の有無を確認せずとも、どうせ全員参加だろうと思うのだが、こういうのはあれだ。
参加は自由ですよ、的なポーズの話だ。
いちおう強制はしてませんよ。出れる人だけどうぞ(裏訳:ほかの予定? んなのこっちが優先に決まってんだろうが。這ってでも来いや以上)。
世知辛い世の中なのである。
「王佐閣下、失礼致します」
数回ノックしてから中へ入ると、ロイドが勢いよく机から顔をあげた。
「……っ! ゼノか。どうしたのかな」
「春羊祭《しゅんようさい》の書類をお持ちしました」
「そうか、ご苦労だった」
珍しく慌てている。書いていた文をさっと横に滑らせ、椅子から立ち上がる彼の姿に、訪ねる時間を誤ったかなと思う。
「うん。不備は無いようだね、このままこちで預かろう」
「よろしくお願いします」
朗らかに笑って書類を受け取るロイドだが、不備も何もろくに確認すらしていない。よほど忙しいときに来てしまったのか、単なる手抜きなのか。そもそも確認するまでもなく中身の無い書類なのか。
真相はともかく、提出ついでにクレハの居どころを尋ねてみた。
「ところで、クレハ……いえ、ミツバ姫、見かけませんでしたか?」
「ミツバ様なら昼頃ここに来たが」
「昼に? 珍しいですね」
「ああ、なんでも厨房を貸し切りたいとの話でね。いちおう許可は出したが、あとで厨房長から苦情が来そうだな」
本当である。苦笑を浮かべるロイドに、急ぎ食堂に向かわなければと思う。
「では、オレはそろそろこれで」
私は軽く一礼してロイドの執務室をあとにする。すると、うしろから「少し待ちなさい」と呼び止められた。
ロイドはこちらに来ると、手のひら上に向けてニコリと笑った。
「トリック・オア・トリート」
お前もか。
そう口に出しそうになって押し留めた。王佐《ロイド》相手にそれはまずい。
「さきほどフィネージュが来てね」
「え、フィーが?」
「ああ。ずいぶんと妙な格好しているから何事かと思えば、今頃収穫祭をやっているそうだな。少しばかり驚いたが、実に君らしいユーモアに満ちた発案だ」
「え?」
「それでと言ってはなんだが、ぜひ私も参加させてほしい。さきほどは菓子の持ち合わせがなく、彼女には渡せなかったが、急ぎ用意させた」
「はあ……」
「トリック・オア・トリートだ。ゼノ」
「…………」
再びの催促。なにか勘違いしているらしいが、まずその発案は自分じゃない。フィーが勝手にやっていることであり、そのうえ大人がトリック・オア・トリートはしないだろう。あれは子供の行事だ。
とはいえ、重ねて言うがロイド(王佐)相手にそれは言えない。
「えっ……と、アメでいいですか?」
結局。私はアメをひとつローブから取り出し、彼の手のひらに乗せた。するとロイドは満足そうに頷いた。
意外と子供っぽい彼の一面を見たところで私は今度こそ執務室を出た。
ちなみにお返しだと言ってドーナツをくれた。三十個も。
「リィグと姫にエレノアか」
食堂へ向かう途中、城の薔薇園に三人がいた。珍しい光景だ。
リフィリア姫といえば、離宮から外へは滅多に出ない。ゆえに臣下たちからは姿なき妖精姫と呼ばれていて、見目麗しい彼女を見ることが出来た者はその日いちにち幸運に恵まれる、というお城の七不思議がある。
(七不思議……)
当然冗談である。そんな話が本当なら離宮勤めの者はどうなる。半ば呆れつつ、私はリィグに声をかけた。
「リィグ」
「あ、マスター」
赤薔薇を頭に差してリィグがこちらに駆けてきた。
何をやっているんだ、コイツは?
「ドーナツもらったんだけど、食べるか? 良かったらリフィリア姫と一緒に……」
そこまで言って私は熱い視線を感じた。リフィリア姫だ。姫がじっとこちらを見ている。例のごとくアーチ型の茂みのうしろに隠れながら。
「ごきげんよう。補佐官殿」
「ああ、エレノアさん。お疲れ様です」
エレノアがスカートの裾を持ち上げ、優雅に一礼した。彼女はリフィリア姫付きのメイドだからこうして薔薇園にも来ているのだろう。
「それとリフィリア姫もこんにちは」
「……っ! こ、こんにちは」
姫がおずおずと茂みから出てきた。頭に葉がついているが、ここは見てみぬ振りをしてあげよう。それよりも薔薇のトゲで怪我をしていなければいいが。
私がまじまじと姫を見ると、少し恥ずかしそうに姫がみじろいだ。
そんな彼女の前に立つようにして、エレノアが庭園内にある椅子とテーブルを手で示した。
「ドーナツでしたら、どうぞあちらに。今お茶をお入れいたしますので」
「あ、いえ。それだけ渡しにきただけですから。それにオレ、これから用があって」
だから申し訳ないのですがと断れば、エレノアは首を横に振った。
「そう仰らずに。姫様もぜひご一緒したいと仰っておりますので」
「エ、エリィ…!? 言ってない、言ってないです!」
「姫様、嘘はいけません。顔にそう書いてあります」
「書いてないです! 書いてませんから変なことを言わないの!」
「ということで、どうぞご一緒に」
「は、はぁ……」
ぐいぐいと強引に背を押してくるエレノアに困惑しながら、リィグに助けを求めると、
「わーい。ドーナツだー。僕どれにしようかなー」
などと、人が持ってきた木編みのバスケットを眺めている。そうじゃない。
「はぁ……」
私は短い吐息をこぼしてから、丁重にエレノアの誘いを断り、食堂へと向かった。
「……と、いたいた」
ようやく辿り着いた食堂の厨房ではミツバとクレハが何かを作っていた。
ふたりして大鍋を覗きこみながら香辛料がどうのこうのと話をしている。
そっと近づき、私はふたりの背後から鍋の中を見た。
(!?)
黒い。まるでインクでも投げ入れたかのように黒い。そしてこの臭い。魚だろうか。生臭さの中に、ほんのりとシナモンの香りがする。
先程聞こえてきた会話から察するに、この臭みを消すために香辛料を入れようという算段なのだろうが、残念なことにもう手遅れだ。
「……なにそれ?」
「「わ!」」
そろった叫び声。仲がよろしいことで。
「ちょっと!うしろから声かけないでよ。びっくりするじゃない!」
「あ、ゼノ様。朝食ぶり~」
「朝食ぶり、クレハ。それからミツバ、また何か作ってるのか? 掃除する人が大変だから少しは自重しろ」
「失礼ね。片付けくらい、いつもちゃんとやっているわよ」
腕を組んで偉そうに話すミツバではあるが、毎回メイドたちが泣いているのを私は知っている。現にいまも、城の厨房長らしき男がひとり、厨房のすみからこちらを窺っている。顔が青白い。可哀想に。
「ゼノ様。もしかしてお腹すいたの? それならこれ、お皿によそうか?」
「いい。遠慮しておくよ。…………食べたら腹を壊しそうだ」
「なんですって?」
「なんでもないです」
じとりと睨んでくるミツバをかわして、例の件をクレハに頼む。
「クレハ。悪いけど、いまから菓子の用意とかって頼めるか?」
「お菓子?いいけど、材料あるかな……」
小首をかしげてクレハが厨房の棚を見上げた。
「ああいや、簡単なものでいいんだ。さっきフィーに菓子くれって言われたんだけど飴しか持ってなくてさ。がっかりさせちゃったから、その代わりに何かと思って」
「フィー様? それならさっき来たよ」
「そうなのか?」
「うん。中には入らずに扉からこっそり覗いてたから、声かけようか悩んで、そしたらミっちゃんがファイヤーしちゃって。火を消してる内にいなくなってた」
「ああ……そう」
「な、なによ!」
私とクレハの視線を一身に受け、ミツバがたじろいだ。
(そういえばリィグも似たようなことを言っていたな)
薔薇園から去るときの話だ。フィーが来たとリィグが言っていた。
なんでも、菓子をねだりに来たはいいが、リフィリア姫がすべて平らげてしまった後で、ひとつも菓子が残っていなかったそうだ。ちなみにリィグ曰く、
『すごいんだよー。初めはエレノアちゃんお特製のマフィンが山のようにあったのに、九割くらいリーアちゃんが食べちゃってさ。僕は三つ、エレノアちゃんは二つしか食べられなかったんだ』
と、言っていた。
(つまり元のマフィンの数は五十か……)
そして姫が食べた数は四十五個。あんな細い身体でよく入るものだなと感心してしまう。もっとも、さっき渡したドーナツもあるから彼女の胃袋は末恐ろしい。
「ゼノ様?」
クレハが首を曲げて私を見る。
「ん? ああ、ごめん。それで菓子の件だけど──」
(フィーはどこだ?)
私は大きなケーキを持ち、城の廊下を歩いていた。ちらちらとすれ違う人の視線を感じるが仕方がない。これもフィーのためだ。
あのあとクレハにフィーが喜びそうなものを頼んだ私はカイの部屋(宿舎)に向かい、薬を渡した。
まあ、ただの流感だ。寝ていれば治るだろうし、熱があるとはいえ本人もわりと元気だった。40度くらいなら来れるだろ?と言えば、冗談はやめてくださいと真顔で返された。冗談じゃないのに。
そうこうして、城に戻って食堂へと向かうとドドンと高くそびえ立つ巨大なケーキが私を待っていた。
『三段ケーキだよ!ウエディング仕様に挑戦してみました……!』
キラキラと目を輝かせるクレハと、疲れ果てた顔で厨房の床にへたりこんでいるミツバ。
かなり頑張ってくれたらしい。
私はふたりに礼を伝え、現在こうしてウェディングケーキ(なぜ?)を片手にフィーを探しているわけである。
「いた」
しばらく歩くと中庭に着いた。四方を渡り廊下に囲まれた小さな庭。城の者が休憩がてらに立ち寄る場所だが、その中央、木の下の石椅子にフィーは座っていた。
どうやら空を眺めているようだ。
ぼんやりとした様子で夕焼け混じりの雲を見上げている。つられて私も上を見る。
「ライアス王子か……」
丸い雲。以前の王子の顔によく似ている。彼はイナキア旅行を境にひどく痩せたのだが、元が太……いや、だいぶ丸かったこともあり、今は標準的な体型となった。
そんな彼は今日はいない。
今朝早くにルベリウスに連れられ、どこかへ行ってしまったのだ。いつもならばフィーを連れて行くのに珍しい。
(今日は珍しいことだらけだな)
慌てたロイド。離宮を出て薔薇園にいる姫。ライアス王子の不在。
なにより、こうしてウエディングケーキを運んでいる自分。
一体、私は何をやっているんだろう……という気持ちにもなるが、まぁこういうのも悪くない。
私はフィーの側に向かった。
「フィー? どうした、こんなところに座りこんで」
ぱっと小さな顔があげる。しゅんとした表情が一瞬でパアッと輝いた。
(喜んでくれたみたいだな)
思わず口元が緩むのを感じながら、私はフィーにケーキを見せた。
「クレハに頼んで作ってもらったんだけど、これでいいかな?」
なぜかウエディングケーキなんだけど、と続ければ、フィーがぴょんと飛んできた。
「♪」
「え?」
どんっと重い衝撃。いきなりぎゅうと腹に抱きつかれて驚いた。
素の私が戻ってから、フィーには避けられていた。いくら表面上はゼノとして振る舞っていても、子供は素直だ。
中身が違う、というのを機敏に察知し、本能的に危険なものから遠ざかる。
だからこんなゼロ距離で、頬ずりされると嬉しい反面、逆に困惑してしまう。
そして、なにより痛い。
知っているだろうか?
フィーの握力の強さを。ミツバほどじゃないが、フィーもけっこう力が強い。いまは抱きつかれているので握力うんぬんは関係ないが、両腕でがっちり腹部をホールドされて、あばらがミシミシいっている。
わずかに崩れた体勢に、靴底に力をこめ耐え忍ぶ。
「こ、こら、フィー。危ないから離れて」
片手に三段ケーキ。腹にフィー。もう片方の手で彼女の肩を押す。
そんな危うい状況に、ついにケーキがぐらりと揺れた。
(しまった……!)
斜めに傾く白い山。重心がうしろに反れて、嫌な汗が背中をつたう。
「フィー! ケ、ケーキがっ……」
「♪」
「いや、『♪』じゃなくて! ケーキが、ケーキが落ちるからーーーー!」
必死な訴えも虚しく、全身で喜びを示してくれたフィーはいつまでも私に抱きついていた。
HAPPY HALLOWEEN!
時系列としては、イナキアから戻って翌年を迎えた頃の話。シャノンの月(1月)くらい。
ゼノの記憶が少し戻り、素の人格が戻ったので語りが『私』になっています。外では『オレ』、そして今まで通り振る舞っている感じです。
途中名前だけ出てくるカイくんは、四章で登場します。ゼノが発掘した優秀な部下です。