誘拐中のライアスです。
──ジャラジャラと反響する音。
振動により、あちこちへ跳ね回るそれは。
普段、気にもとめないだろうその響きも、ここまで近くで鳴れば、気絶から目を覚ますほどに十分な騒音だった。
「うるさい。暗い。そして痛い……」
王子は箱の中にいた。
路地裏から出た瞬間、突然何かの薬品をかがされ、そこから彼の記憶は無かった。
「どこかの行商か? 大量のイナキア硬貨を運んでいるようだが……」
箱の隙間から差す光で、彼の目の前を転がるものが、金色の硬貨だということがわかる。
さらによくみれば、王冠を被ったうさぎの紋章が刻まれていた。
「いや……通貨商の車か。一行商が、こんな大金など運ばぬしの」
──通貨商。国内外の通貨を取り扱う機関であり、市場が動くこの時期は一日に何度か地方行きの馬が出ている。つまりこれは、その荷馬なのだろう。
「ふむ……なるほどの。そういえば役所の荷車は検問を素通りできると聞いたことがある。つまり余は誘拐され、どこかの地へ運び込まれる最中か」
王子は誘拐されたにしては、どこか落ち着いていた。
それもそのはず。王族の彼にとって、そんなことは日常茶飯事だからだ。
何度も命を狙われれば、慣れるというもの。今回の件も、「いつものことだ」くらいの感覚でしかない。
「ま、適当な頃合いで逃げるかの」
幸い、彼の手足に巻かれているのは、ただの草縄だ。鎖ではないから、これならば簡単にほどける。
「それにしても、今回の賊はやる気がないの……」
彼は手早く縄をほどくと、最近入った新人補佐官のことを思い浮かべた。
いちばん初め、どんよりと沈むゼノの顔を見て、あぁこれは三日も持たないなと思った。なぜならこの辞令は左遷通告だから。権力者の怒りを買った者、優秀だが身分の低い者、理由は様々だが、どう転んでもこの辞令に未来はない。
つまりは『王子の補佐官』という大役は与えるが、出世からは外されるということだ。
だというのに、新入りはそれを知ってか知らずか、いまだに辞めていない。
「左遷されてもなお、頑張るとは馬鹿なやつよな」
まぁ余には関係ない話だ、とつぶやきながら、彼は頭上の板へ手を当てた。
「さてと、外に出るかの」
ぐっと手に力をこめ、木箱のふたを押す。
「む?」
動かない。再度押す。
「……動かんの」
板はビクリともしなかった。おそらく何かうえに乗っているのだろう。開かないものは仕方がない。もう少し様子をみるか……と、彼は木箱の中で目を閉じた。
ライアス視点のはなし。ゼノの自叙伝風だと途中でエドルの視点になるので、ゼノがなんで変装しているの?というのが分かるように、補足的に書いたものです。
役所の車→検問いらない→よし、敵は役所の車を奪うor内通者がいるかも→ゼノが先回りして馭者になって潜入してました、というやつ。でも!実は没だったりします。木箱にお金入れないだろう。(どれだけ大金だよ!)