第一章の王子救出後、王都への帰り道にて【約2000文字】(※メタ発言注意)
「あー、疲れた」
ぐきぐきと身体を揺らし、勢いよく寝床に飛び込む。
……のではなく、椅子に腰かけ、ゼノは今日のことを日記につけていた。
「よし。どうせなら、かっこよく自伝風に書くか」
すらすらと紙に文字を滑らせ、あったことを書いていく。内容は少し脚色してあるが、物語にはつきものだ。別にいいだろう。
街道からの帰りがてら、エドルからあらかたの事情は聴いた。
当然、城でも取り調べを行うから、結果はあとからでも耳には入ってくる。しかし、王子が「いま聞かねば情報が滞る」などと言って、二、三質問していた。まぁ半分脅しのような王子の言葉に、エドルが恐々としながら答えていて少し可哀想だった。
(それにしても……)
賊からは話を聞けなかった。とつぜん帰路で暴れ出した賊を、王子が一撃で仕留めたからだ。
「あれは……怖ったな……」
机に頬杖をつきながら、ゼノは街道で起きたことを思い出した──
城に戻るべく、馬に揺られながら、帰路を進んでいた時のことだ。
無事に王子の救出を終え、内心ほっとしながら馬に身体を預けていると、王子がぽつりと呟いた。
「怪我は大事ないか?」
「え、あぁ問題ありませんよ。手当ならしましたし」
ゼノは左手を見せた。包帯が綺麗に巻かれている。
王子はそれを一瞥し、感情の読めない顔で言った。
「……そうか。では今後はあのような無茶はせんでいいぞ」
「無茶って、別に大したことではありませんよ」
笑って答えれば、王子は首を横に振った。
「怪我を甘くみないほうがよい。最悪、手が腐り落ちることもあるからの」
「そ、そうですね」
この人も意外と不吉なことを言う。
確かに処置が悪ければ、雑菌が入りかねない。そうすれば傷は化膿し、王子のいう通り、腕を失うことにもなるだろう。実際のところ、傷口が痛みを通り越して痺れはじめている。はやく帰ったほうがいいのは確かだった。
(このあいだ作った薬でも、試してみるか)
先日珍しい薬草が手に入ったからと、調合したものがあった。切り傷によく効くと本にもあったから、ちょうどいい。
巻かれた包帯を眺めながら考えていると、王子が言った。
「もし次に、余が誘拐されるときが来たとしても、無理に助けずともよい。そういう場合は、どこかに遊びに行っているのだなとでも思っておれ」
「いや……流石にそんな心の余裕はないですね」
それは冗談なのか、本気なのか。
判断に困る言動にゼノが戸惑っていると、王子は「そのうちわかる」とだけ言って、馬のたてがみをひと撫でした。馬が嬉しそうに鼻を鳴らした。その音に乗じて、鈍い悲鳴があがった。
「ぎゃっ」
隊列の後ろ。兵士の声。
(————?)
急になにかと思い、うしろをみれば、さきほど捕らえた賊の男が剣を振り回していた。血走った瞳。言葉とすらいえない雄たけび。彼のすぐそばには、切れた草縄が落ちており、ひとりの兵士が腕を押さえ膝を崩している。ナイフか。
兵士の腕には、刃渡り十センチくらいほどの小刀が刺さっていた。
それはおそらく男が隠し持っていた暗器の類──
「あ、ペンナイフ……回収するの忘れてた……」
……違った。どうやらあれはゼノがさきほど男のうでに刺したペンナイフだった。それを男が自身の拘束を解くために使ったとみえる。
「俺ァこんなところで捕まるわけにはいかねぇ! どけ! そこをどけ──!」
男が叫び、兵たちに斬りかかる。ユーハルドの紋章がついた剣。最初に刺された男から奪ったものだろう。
(ちっ、見張りはなにを!)
兵士が数人、男を囲む。
捕らえようにも剣を振り回す男に近づけないといった様子だ。
(まずいな)
この状況はよくない。
サフィールたちはすでに王都へと戻った。よって今いる人数は少ない。
このままでは王子に危険が及ぶ。
ゼノは懐の羽ペンを握りしめた。そんな傍らで、のんびりとした声が耳に聞こえてきた。
「あぁ、ちょうどいいの」
王子が馬から降り、男のもとへと歩いていった。
「なっ! 王子なにして」
こちらも急いで馬からおりて、王子の肩を掴む。
すると、振り向きざまに手を払われた。痛い。
(傷口が……!)
じーんと響く左手に、思わず涙が出た。
「命令をやろう。お前はそこで見ていろ」
王子は前へ進んでいった。
(いやいや! 命令って言われても!)
このまま行かせて怪我でもされたら困る。しかし命令に背くわけにもいかない。
どうするべきか。その一瞬の気の迷い。その刹那。
バアンッ! と鋭い爆発音が響────
「え……」
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「……嘘……だろ。なにが、起きたんだ?」
「うむ。軽く男の額を指で弾いてやった。こう、中指でな、パーンと。いわゆるデコピンというやつだの」
(デコピンって王子、どこで覚えてきたんだ。そんな言葉……って!)
「止まってる! 止まってるよ! ナレーション! 語り部さん! 地の文!」
────鋭い爆発音が響いたかと思えば、目の前にいたはずの男が忽然と姿を消した。見れば、かなた数キロメートル先。はるか遠くに飛ばされた男の姿がある。
ほとんど豆粒にしかみえない距離。
思わず口があく光景に、その場にいる誰もが愕然とし、男が消えた方向を見ている。
(なにも無かったかのように語りだしたよ……)
「ふむ、少し飛ばしすぎたかの……生きておればよいのだが」
「いや……あれは流石に生きてはいないかと……」
「どうかの。なかなかにしぶとそうな男だったが……」
王子は目を細め、遠くを見た。
「まあ、こういうことだ。今回の賊はやる気が無かったからの、適当なところで倒して帰るつもりだった」
「え……」
「なに。フィーもおる。ニオイでも辿ってこちらまで辿りつくだろうしの」
そういって王子はフィーの頭を撫でた。嬉しそうにフィーが頬をすり寄せる。
それはつまり、『ゼノは必要ない』と言外に発しているようなものであり。
「……あの。オレが助けた意味、ありました?」
「ないな」
「…………」
手当したばかりの手を見る。
それは王子を助けるために負った傷であり、包帯には痛々しい血がにじんでいた。
がっくり。
言葉なく、その場に崩れるゼノ。
そんなゼノをみて王子がフッと笑った。
──悪くない、と。
王佐ゼノの零れ話その壱。ライアス強いですね!
挿絵はペン入れしようと思って、時間が取れてなかった…。あとでペンを入れたら、こそっと変えておきます。