※ゼノだけを追った冒頭です。カクヨムだと第一章①はゼノが作中で書いた日記式なので短編劇風です。(文体が硬く、途中で敵の視点が入る)こちらは閑話に繋がる形。違いは、こっちのほうが視点がゼノに固定されているので遠野が読みやすい。
※2023/8/27 カクヨム版を変更したため、こちらは旧カクヨム版に変更しました。
大陸歴一〇二二年、春。
「──かつて、世界は一つだった」
ユーハルド王国宮廷、図書室。
そこに、本を読むひとりの青年がいる。
「色とりどりの花が咲き乱れ、散ることのない穏やかな楽園。そこには、三匹の竜たちがいた」
青年が一冊の本を読みあげる。
「ある時、竜達は喧嘩をする。自分たちの中で誰が一番強いのかと」
それは古い神話の話。本には、緑と黄と青の竜が描かれていた。
「その喧嘩は次第に苛烈を極め、美しい空は陰り、大地は燃え、青き海は朱へと変わった。これを嘆いた楽園の王は、争いをとめ、世界を三つに分ける。竜たちが二度と争わないようにと」
青年がページをめくる。
「以降、三つの世界が交わることはなく、再び大地に平和が戻った。そして、王は失われた楽園──異郷にて、今でも竜たちを見守っている。フィーティア神話、序章──」
青年は、ぱたんと本を閉じた。
「変な話」
こんな話のどこがいいのやら。昔、熱く語っていた友人を思い出しながら、青年は本棚へと本を戻す。
「──あぁ、いたいた。ゼノ、殿下への謁見の時間だそうだ。時間になっても来ないと、大臣が嘆いていたぞ」
「え? あぁはい!」
かけられた声に、青年が振り返る。
胡粉のように白い髪。やや大きめのローブをまとう青年は、ややあどけない面差しも相まってか、十代半ばの少年にも見える。青年の名はゼノ。
「いま、行きます」
ゼノが図書室の入り口を見ると、四十過ぎくらいだろうか。ゼノと同じく、文官服を着た男が立っていた。彼はこの国の王佐ロイディール。皆から、ロイドという愛称で呼ばれるその人は、呼び名と同じく灰色の長い髪をしていた。
「君が図書室とは珍しいな」
「……まぁ、たまには本でも読まないとと思いまして」
「はは。それはいい心がけだ。本は人生を豊かにする。君に言うのもあれだが、もっと多くの本を読むといい。そうすれば、今よりも色んな景色が見えるだろう」
「はぁ」
そう言われても。謁見までの時間を潰すため、図書室にいただけだ。ゼノは普段から本を読むわけではない。さきほど読んでいた本も、つまらない雑話集に、神話と、これといって彼が言うような『人生を豊かにする』本の類ではない。
ただ、この国で一番、博識であろう王佐に言われては、ゼノも「そうですね」と言うほかなかった。それになにより、彼はゼノの養父、アウルの友人だった。だからなのか、下級文官である自身に対しても、こうしてよく気にかけてくれていた。
「あぁ、そうだ。大臣が言っていたが」
「……?」
「お前の配属先が変わったそうだ。サフィール殿下ではなく、ライアス殿下の補佐官だとの話だよ」
「え! 嘘!」
「本当だとも」
それはまさに、寝耳に水というやつだ。
しかしそれでは、今向かっている謁見の先というのは──
「え、じゃあ今から挨拶するのって、ライアス王子なのか⁉」
思わず、馴れ馴れしく王佐に話しかけてしまうゼノ。だが、王佐はさして気にする様子もなく、ゼノの言葉に頷いた。
「そうだな。──あぁ、ほら大臣がお待ちかねだ。はやく言ってやるといい」
王佐が視線を向けた先には、恰幅のいい男が、ひどく慌てたようすでこちらへ走ってくる姿がある。
「うわー、最悪」
ゼノはひとこと呟いて、大臣の元へ歩いていった。
(人生詰んだ)
納得がいかない。不服だ。そんな思いを抱え、ゼノは床へと膝をつく。
「ふむ、お前が余の新しい補佐官か?」
そう言ったのは、少年。
ホールケーキを片手に、つまらない、といった顔でゼノを見ている。
少年の名は、ユーハルド王国第四王子、ライアス・フィロウ・ユーハルド。
年は確か十五だったか。鮮やかな蒼の髪に、落ちついた緋色の瞳。白地のシャツに緑のサーコート風の上着を着た、全体的に丸い、ぽっちゃりとした少年だ。
「はい、殿下。本日よりライアス殿下にお仕えいたします。ゼノ・ペンブレードにございます」
そう答えたのは茶髪の男。さきほどゼノを呼びに来た大臣だ。
ゼノの隣で、彼がごほんと咳払いをした。
それはおそらく『王子に挨拶せよ』という合図だろう。しかし、当の本人に、その意図は伝わらない。
(帰りたい……)
ゼノは先ほどから床を眺めては、この状況にうなだれていた。
「こ、これ! ペンブレード!」
焦ったように大臣が口を開いた。
「え? あぁ……」
流石にまずいか。居住いを正し、ゼノは少年へ挨拶をした。
「……大変失礼いたしました。ライアス殿下。本日より補佐官として大役を仰せつかりましたゼノ・ペンブレードにございます」
そして、ひと呼吸置いた後。
「………………あの、やっぱり何かの間違いじゃありません?」
ゼノは大臣へ確認をとった。
「こ、これゼノ殿!」
大臣が焦っている。
無理もない。王子の御前だ、そりゃあ焦るだろう。
しかし、それ以上にゼノも焦っていた。
なにせライアス王子といえば、よからぬ噂ばかりを耳にする王子だ。
その相手の補佐官をやれと言われたのだから、「本当か」と聞き返したくもなる。
「間違い? 何の話だ」
王子がホールケーキをむしゃむしゃと食べながら大臣に尋ねた。
「も、申し訳ありません、殿下。実はこの者は元々、第二王子サフィール殿下の元へ配属が決まっていたのですがその……諸事情でライアス殿下の元へお仕えすることになりまして。本人にも先ほど告げたことゆえ、少々混乱しているのかと」
「ふむ」
大臣の説明に、どうでもよさそうに相槌を打つ王子は、机うえの茶に手を伸ばした。
「ん……少しぬるいの。淹れ直すか……。大臣よ。事情はわかったが、どのみち余に補佐官などいらぬ。下がらせてよいぞ」
「い、いえ殿下。そういうわけには」
「そうはいうてもな、どうせその者もすぐに辞めてしまう。任命したところで意味はなかろう」
(……まぁそうだろうな)
これはあくまで噂話ではあるが、第四王子に仕えた者はみな、数か月もたたないうちに辞めてしまうらしい。なんでも、彼の王子はかなりのワガママで、人使いが荒いのだそうだ。だからなぜ、そんな奴のもとに自分が、とゼノは思う。現にいま、目の前に座る彼の態度はひどい。
(なぜにケーキ?)
さきほどから、ばくばくと菓子を口にする王子。
まっしろな生クリームに、艶やかな大ぶりの苺は、見るからに美味しそう──いや、朝食を取り忘れたゼノにとって、空腹を刺激される光景だった。それと同時に、この状況にそぐわない姿ともいえる。
なぜなら、今は就任挨拶の最中だ。茶を片手に会話というのもおかしな話だろう。とはいえ、この場で彼に注意できる者など誰もいない。
「大臣よ。補佐官ならばフィーがおる。彼女で十分であろう?」
王子はそう言って、隣に立つ少女に菓子を食べさせた。
もぐもぐと口いっぱいにケーキを頬張る、その愛らしい少女は、十歳そこそこの年齢といったところだろうか。
雪のように輝く長い銀髪に、狼を思わせる琥珀色の瞳。
猫なのか犬なのかはわからないが、獣の耳がついた可愛らしいフードマントを被っている。スカートには飾りだろう、ふさふさとした尾が揺れていた。
(めずらしい髪色……異郷返りかな)
異郷返り。いわゆる先祖返り。
この国はかつて、妖精の住まう世界と一つだったらしい。それゆえ、妖精だの獣人だのが、先祖に入っている家系があり、稀に、異郷の血が色濃く出る者がいるのだと言われている。
さらに、そういった異郷の血を引く人間は、異郷に住まう王の使いである、というのが大陸全土に広がる〈妖精の涙〉教の教えであり、信仰する者たちにとってありがたい存在だったりする。
彼女の髪は、ただの銀髪ではなく、陽の光によってプリズムのように輝いていた。それはおそらく、異郷の血というものが入っているのかもしれない。
「殿下。フィネージュ殿は護衛官。書類仕事は苦手でございましょう? その点この者は少々変わり者ではありますが、そこそこ優秀な文官なのです。きっと殿下のお役に立ちましょう」
(そこそこ……?)
少々ひっかかる言葉。意外と失礼だなコイツ、とゼノは大臣を見た。
「ならばなおのこと、兄上たちにお付けすればよかろう? 何故余のところにまわってくる」
「それはその……」
王子の言葉を聞き、大臣はなにやら気まずそうに話を続けた。
「実は殿下の妹君──リフィリア姫の側近に、ベルルーク家の三男が着任する予定だったのですが……」
「ベルルーク? 侯爵家のか」
「はい。ですがその……姫君の傍に異性の側付きとは如何なものか、というお話がありまして……急遽別の者に変更したのです。その為、サフィール殿下の元にはベルルークの者をお付けし、ゼノ殿はライアス殿下にと」
「そうか」
実際、ゼノが配属変えの知らせを聞かされたのは、ほんの少し前のことだ。王佐の彼から聞き、その事実を知った。
(ほんとに急遽だった)
配属が変わったことは仕方がない。正直にいえば内心、腑に落ちないゼノだったが、それを口に出してはまるで子供だ。悶々とした気持ちを抱えつつも、大人しく大臣の話を聞いていた。
「そなた、爵位は?」
「爵位……ですか?」
いつのまにか、王子はケーキを食べ終えたらしい。
口元をぬぐって、ゼノに問いかけてきた。
「平民の出身ですが」
「なるほどそれで……」
「……?」
ゼノの回答に、王子は何か考えるように上を向いた。
なんだろうか。この王子も平民嫌いだったりするのだろうか。そんな疑問がゼノの中に生まれる。
(はぁ……だから嫌なんだよな。宮廷勤め)
ユーハルドの貴族の中には、平民を厭う者も多い。なぜなら国の要職に就くのは大抵が貴族であり、平民はただの労働力。小汚い平民は黙っていろ、自分たちの命令を聞いていればいい、なんて思っている輩も少なくない。
ゼノ自身も貴族のお偉方からは、よく嫌味を言われる。
城勤めというものは、存外窮屈なものなのだ。
「あの、平民はお嫌いで?」
「ん? いやそうではない。余は別に、身分云々を言いはせん」
(なら、なんで聞いたんだよ)
口には出さないが、ゼノはわずかにムッとした顔をした。その一瞬の表情に、ゼノの言いたいことを察したのだろう、王子は口を開いた。
「なに。そなたも外れくじを引いたなと思っただけよ」
そう言うと王子は、椅子から立ちあがり、
「『仮』の補佐官。それで許可してやる。明日から執務室へ来るがよい」
振り向くことなく、部屋から出て行ってしまった。
それから一週間が経った。
ゼノの目の前では、青髪の王子と銀髪の少女がゲームをしている。
「フィー! 今日はゴモクをやるぞ。勝ったほうが机のうえの菓子を口にできる」
「──! フィー、負けない」
「眠い……」
ゼノは大きな窓際の側であくびを噛みしめた。いまいるここは、第四王子の執務室だ。
とはいえ執務室とは名ばかりで、毎日のように遊ぶか、食うか、寝るかの私室と化している。現にいまも升目上の盤に、赤と白の石を置いて戦う、ゴモクという陣取りゲームをしていた。ゼノはふたりを眺めながら、退屈なこの時間をどう過ごそうかと考えた。
「わふっ!」
「わ!」
ちょうどゼノの腰のあたり、犬の鳴き声がした。書簡をくわえてゼノを見ている。狼だ。どうやらゼノに書簡を渡そうとしているらしい。鼻先で足に、ぐいぐいと押しつけてくる。
「ひっ、なんで狼?」
ゼノが驚いていると、フィーが一時立ち上がり、狼から書簡を受け取った。
しかし、ホッとしたのも束の間。今度は開いた窓からバササっと鳩が入ってきた。こちらは足に手紙をつけているようで、小さく折りたたまれた紙が見える。
(鳩……はポッポ便か)
ポッポ便は大陸全土で使われる連絡手段のひとつだ。だから鳩は構わない。だけど狼は怖い。そもそもどこから入ってくるんだろうか。警備は何をしているんだろうか。ふつふつとゼノの中で、疑問が沸きはじめた頃、窓の外で慌ただしくしている兵士たちの姿が目にうつった。
「そうか、豊穣祭……」
豊穣祭。一年の実り、つまりは今年の豊作祈願をする祭りだ。
それがちょうどいま開催されており、城下はひどく混雑していた。
そのため当然、王子の身の安全を考えれば、外を出歩きたくはない、というのがゼノの意見なのだが、
「──さて、そろそろ出かけるとするかの」
嫌な予感とは当たるものだ。
王子がソファーから立ち上がり、上着を羽織った。
ゲームはどうやら、少女──フィネージュこと、フィーが勝ったようだ。嬉しそうに菓子を食べている。
まぁ、わざと負けたのだろう。ゼノの目から見ても、王子は明らかに手を抜いていた。
「出かける? そんなご予定は無かったかと……」
「言ってないからな」
(いや、言えよ)
口に出しそうなのを抑え、ゼノは王子をとめた。
「王子。予定は事前に仰っていただきませんと。警備の手配もありますし、今日出掛けるのは、やめたほうがよろしいかと……」
「……? なぜわざわざ言わねばならんのだ。その程度、仮とはいえ補佐官ならば察してみせよ」
「………………」
殴りたい衝動に駆られた。
「えーとそれで、どちらに向かうのですか?」
「祭り。分かりきったことを聞くな」
「……はい」
ゼノは重い足取りで、王子のあとをついていった。
「人ごみ、すご……」
──王都グラニエ。
木造レンガの建造物が立ち並ぶこの都は、ぐるりと大きな壁に囲まれた城塞都市だ。東に正門が位置し、西の端に青を基調とした、美しい城がある。町は活気に溢れ、ちょうど正門と、城を結んだライン中央には、噴水広場があり、そこでは吟遊詩人(バード)たちや大道芸人たちが、広場に集まる者たちを楽しませている。
今は祭りの時期ということもあって、広場には多くの露店が出ており、そのせいもあってか、今日は一段と混んでいた。
「頭が痛くなってきた……」
ゼノは頭痛に顔をしかめた。混雑した道は、人の声が耳の中に反響するのだ。
「大丈夫か? 顔色が悪いようだが」
ゼノの隣。聞こえてきた声は、ライアスの護衛官であるエドルのものだった。
すっきりとした、こげ茶色の短髪に、淡緑の瞳。年は確か二十だったか。六尺(約一八〇センチ)を越えるだろう、がっしりとした体躯の彼は、小柄なゼノと並ぶと、より一層大きく見えた。彼は以前、ゼノが通っていた騎士学校の同期であり、こうして再び会ったときは、お互い驚いたものだった。
「いや、うん……。人混みが、ちょっとね」
「……なるほど。たしかに今年は例年よりも混雑しているからな。まぁ祭りなのだから、仕方がないともいえるが……それでもここは、まだマシなほうだろう」
「そうか?」
「あぁ。正門のほうはもっと混みあっている」
「正門……あぁ、たしかに」
エドルが目を細め、正門がある方向を見た。つられてゼノもそちらを見る。
(この時期の検問は混むからなぁ)
こういった祭りがある時は当然だが、検問所は混雑する。
不審な品が王都に運びこまれていないか、あるいは王都から持ち出されないかを確認しているからだ。おかげで普段穏やかな正門には長蛇の列ができ、役人も兵士も他の部署から応援を出すほど大忙しなのだ。
「今年担当のやつ、不憫だな」
実はゼノも昨年、この業務に駆り出された。ひどかった。想像のはるか五倍はあろうかという人の多さに、仕事を終え、帰宅したら床に倒れた。
祭りというものは裏方がいるからこそ、成り立つものなのだ。
「フィー。串焼きでも食べるか?」
王子の声に気がつけば、結構歩いていたらしい。広場から南の商業通りまできていた。
「食べる」
「うむ。では、買うとしよう」
ふたりが足をとめた。
串焼きとやらは、すぐ近くにあった。豚の丸焼きが大きく目を引く店だ。ジュージューと芳ばしい音をたて、豚串が焼かれているおり、よくみる甘辛いタレを塗られてある。広がる香りに、つい腹が鳴る。
「よし、ゼノ。これで串焼きを買ってくるのだ」
王子が財布を投げた。財布を持ち歩く王族とは変わっている。
「……はい」
ゼノは財布を受け取り、串焼き屋へ歩いた。途中で、狭い路地の前を通った。
「いや!」
「────?」
小さな悲鳴が聞こえた。ゼノは思わず足をとめる。
「黙れ! このガキ!」
野太い男の声。
見れば、大通りの脇の細い路地裏で、大柄の男が幼い少女の手を掴んでいた。男の手には大きな麻袋がある。
(人さらい……!)
こんな白昼堂々、いくら路地裏とはいえ、大通りに面した道でよくもやる。
別の意味で感心しそうになるゼノだったが、子供を助けるべく、男に声をかけた。
「おい──」
しかし、その声は遮られる。
「そこの! 何をしておる!」
ゼノが言うよりも先に、王子が大声をあげたからだ。
同時に、ゼノの後ろから勢いよく『何か』が飛んできた。風を切る音の中に、わずかな金属音が聞こえる。ジャラっとした音。鎖だ。
飛んできた鎖は、男の身体にぐるぐると巻きつくと、瞬時にその動きを封じた。
「なにが……?」
ゼノは後ろへ振り向く。そこにはフィーがいた。
彼女の右手には鎖。左手には小さな鎌。鎌と鎖は繋がっており、いわゆる鎖鎌というやつを持っていた。
「──なっ! くそ、外れろ!」
男が鎖を外そうと身をよじる。
だが、びくともしない。その背後から、
「動くな」
男の首すじに剣があたる。王子の剣だ。
腰に下げている剣を抜き、男へ向けていた。男の顔が、一気に青ざめる。
「──くそっ。だ、誰だ貴様!」
「誰でもよい。それより人さらいとは下衆なことを」
「うるせぇな! いい商品がいたから捕まえようとしただけだ! 悪いか!」
「商品?」
ゼノは子供を見た。
「桃色……」
よく見るとその子供は、珍しい桃色の髪をしていた。
(あぁなるほど、異郷の血が混じっているのか)
その血を持つ人間は、信仰の裏で一部のバカが集めたがる。眉間にしわを寄せ、ゼノは状況を理解した。助けた子供は、よほど怖かったのか震えながら泣いていた。
「悪い。人は商品ではないし、売り買いすること自体間違っている」
ばっさりと王子は言うと、エドルに指示を出す。
「巡回兵に渡せ」
「はっ」
王子の命令に、エドルが男を連行し、フィーが桃髪の少女の頭をなでた。
(……噂とだいぶ違うな)
第四王子はわがままで手がつけられない。
それは有名な話であり、先日も緑髪の同僚が言っていた。その際、「お前も苦労するなぁ」と小馬鹿にされ、「まぁ頑張れ。愚痴ならいつでも聞いてやる」と謎の励ましを言われて、腹が立ったことはよく覚えている。
(そんときの話だと、突然補佐官を殴ったとか、難癖つけて辞めさせたとか、結構ひどい話ばかりだった気がするけど……)
同僚の話を思い出し、「全然違うな」とゼノが思っていると、いつのまにか王子が子供の手を引き、路地裏から出ていこうとしていた。
「大丈夫か、そこの子供。迷子なら余も母を探してやろう」
「あ! ちょっと待ってくださ──」
『い』と言おうとしたその直後。
──ちりん、と音がした。
一瞬だった。
王子と子供が路地裏を出た瞬間。
「────なっ!」
見知らぬ女が現れ、王子をさらっていったのだった。
(つづく!)