夢を見た。不思議な夢を。
そこはどこかの洋館で、部屋の中にひとりの男性が立っていた。大人の、二十歳ちょっとくらいの青年。
その人は、何かを探しているようだった。だけど、日に日に記憶が曖昧になっていき──やがて。いつもの時間になっても家人たちが家に帰ってこなくなった。
それから二日ほど経過して、黒い人影が家にやってきた。その人影はなにかを話しかけてくる。けれど、男にはその人影がなんだか分からず、えたいの知れない恐怖に怯える。
『○○はどこに行ったんだ?』『この時折現れるこの黒い人影はなんだ?』と。
そしてそのまま言葉とも言えない言葉で家人の名前を呼んで泣き出した。その繰り返しのたびに、人影が溜め息を吐く。
その後、男の意識は飛び、今度は部屋の中にパソコンを見つける。
男が画面を覗き込むと、そこには何かの感想がたくさん載っていた。読んでいくうちに、男はそれが小説サイトの感想欄だと気付いた。そこには見覚えのある単語の数々と、面白い、待っている、続きはいつ?と書き込みが複数あった。
再度男の意識が飛ぶ。自分は何かの物語を書いていたことを思い出す。
だから時々、家に戻ってくる家人たちに訊ねた。自分が書いていた物語を覚えているかと。すると、家人たちは何かを言うが音が聞こえない。「これだ」と言うように『何か』を見せてくる。だけど、その『何か』が男の中では認識できない。それが紙束なのか、本なのか、もっと違う何かなのか。まったく見えない。
また意識が飛ぶ。
男は自分が書いた小説を探し続けた。しかし探しても探しても見つからない。家人に聞いても相変わらず彼らの声は聴こえてこない。
だからパソコンに表示されている例の感想欄を何度も読む。ここに何かのヒントが書かれているような気がした。
そこからは、『感想欄を見る』→『洋館と繋がるねじ曲がった空間内を徘徊する』。それを交互に重ねた。その間、男は少しずつ自分が書いていた話の内容を思い出していく。
どうやら自分はある魔法使いの話を書いていた。主人公は魔法使い。大陸中をめぐり、失われた宝剣を見つけて、仕える王子を国王にする話。
そうか。自分はそんな話を書いていたのか。男は思い出す。しかし、日々の記憶が曖昧で、相変わらず夜が来たり昼が来たり、いったい今がいつなのかさえ分からない。
黒い人影は見えなくなり、家人たちが頻繁に家に戻るようになった。声は少し聞こえる。だけど何を言っているのか、やはり聞き取れない。
男は何度も自分が書いていた小説を覚えているかと家人たちに訊ねた。いつも『何か』を見せつつ表情を曇らせる。最後には溜め息を吐いて男の前から去っていく。その繰り返し。
やがて、その『何か』が紙束だと分かるようになった。文字を読む。まったく違う物語だった。男は家人たちに違うと訴える。けれど、首を横に降られるだけだった。
次第に家人の声がはっきりと聞こえるようになった。しかし彼らが口にするのは的外れなことばかり。というよりも、訊ねても肝心な小説の内容だけは、はぐらかされてしまう。
そう、誰も詳細を覚えていないのだ。
だから男は自分が書いた物語を知る人を探した。その過程で、どうやら洋館だと思っていた空間は、酒場や外と繋がっていて、自分はどこかの村の、隠れ家のような場所に住んでいるらしいと気づく。
家に戻った男は溜め息をつく。今日も収穫はない。相変わらず時間の感覚がよく分からない。そんな折、客人らしき女性が部屋を訊ねてきた。その人にいつもの質問をぶつけると、彼女は棚の脇を指して言った。その大瓶の中に、あなたが破り捨てた原稿が入っていると。
男は瓶に手を伸ばすが手は届かない。女性は部屋から出ていった。仕方がないから男は常に表示されているパソコン画面に目を向ける。いつも変わらない感想欄の表示。マウスを動かして上から下まで文字を読む。ページの『次へ』を押して次の感想を読む。
ずっと見ている内にその日付はどうやら過去のものらしい、とようやく認識できた。
待っています、続きを、面白い、続きまだー?とたくさん書かれている。なんの小説かは知らないが羨ましいなと男は思った。自分が小説を書いていた頃は、感想をもらうことなどなかった。きっとこの小説は多くの人に愛されているのだろう。
そんなことを考えていると、急にランキング画面が表示された。どうやらどこかをクリックしたらしい。いつもは感想欄から動かないのに一体これは…。男はランキング画面の文字をクリックする。小説の画面に遷移する。一話目を読む。戻る。どうやら色んな人がこのサイトに投稿しているらしい。遅れて自分もここに投稿していたのだと気づく。
自分の投稿作を探したが、見つからなかった。
それからまた記憶が飛び時間が流れ、男は部屋に誰かの訪ねてくるたびに、自分の小説を覚えているかと聞いた。
そんなある日。紙束やらメモやらを持った家人たちが部屋に入ってくる。五人くらい一列に並ぶ。男はひとりの女性から紙束を受け取り、ざっと目を通す。
──違う、と彼は言った。
これは、この前見たランキングに載っていた物語で、中身もタイトルも、自分が書いたものではないと訴えた。すると女性は急に怒り出して部屋を出ていった。ほかの家人たちも白い目でみるような、呆れるような目をして、次々と部屋を出ていく。男は、待ってくれと手を伸ばして止める。もう少しで思い出せそうなんだ!と叫ぶ。だけどみんな去っていく。
最後の一人が部屋を出ていこうとした。その時。誰かと一緒に来ていた幼い少女が近づいてきて、小さな紙を渡してきた。そこに書かれていたのは、子供のラクガキ。白髪の魔法使いと、背の低いぽっちゃりとした王子様の絵だった。
男の目から自然と涙が溢れた。号泣しながら彼は笑った。
「これだ! 私が書いていたのはこの物語だ──」
──これはその後の話。
男の意識から家人らしき女の目線に切り替わる。彼女の隣には、ぼんやりとした男の姿。目に光りはなく虚ろで、声をかけても反応がない。だけど以前に比べて会話が成立するようになった。
そう、男は精神を病んでいた。理由はわからないが気づいた時には手遅れだった。看病しても回復の兆しがなく諦めていたが、やっと最近戻ってきた。もう少し、もう少しで治るはず。
だけど──と彼女はパソコンの画面に目を落とす。
そこには、以前男が書いていた小説の、続きらしきものが載っていた。当然ながら男が書いたものではない。そもそも男が書いていた小説は途中で更新が止まっている。だからこれは、偽物だ。
どうやら止まってしまった更新の先が見たいからと、誰かが続きを書いて、投稿したらしい。それが人気になってランキングに載っている。書いている人自体はそれが男の作品の続きだとしっかり明言しており、読んでいる人たちもそれを分かった上で続きを楽しんでいるようだった。
彼女は、それが許せなかった。
本当の続きを書けるのはこの人だけだ。だから彼女が男に見せたのは、この小説を印刷したもの。単純に、偽物が載っていると教えたかったのだ。そうしたら、男が『違う』と言い出した。当然だ。本人が書いているものではないのだから。
きっと彼はこれから思い出す。続きを書きたくなる。しかし、その時にこれだけ人気になってしまった偽物を超えることが出来るのだろうか?彼女は額を押さえて息を吐いた。
と、いう謎の夢を見た!
すごく鮮明で目覚めたあともずっと覚えています。一番最後の女性の視点だけは一切視点主の心情が流れてこなかったので、状況から見た憶測ですけど、それ以外は男が抱える恐怖も、探す様子も色々伝わってきてすごくうなされた…!汗びっしょり。
だけど、最後のほう。女の子から紙をもらってそれを見た時の男の顔が、すごく嬉しそうで、泣くほど喜んでいて。誰も覚えていないと落胆していたところにたった一人だけ、幼い少女が覚えてくれていた。救われた。ありがとう。すごく嬉しかった。そんな気持ちがダイレクトに伝わってきて、ああ、そうか。続きを書かなきゃ、書きたい、と不思議と思いました。
なぜならその幼い少女がなんとフィーちゃんで、その男、青年はゼノの姿によく似ていました。(本当に本人なら精神は病まないだろうし、人前で泣いたりもしないと思われる)
ずっと暗かったのがフィーちゃんのメモによって救われる。でも最後の最後は微妙に後味の悪い終わり方…という内容でした。多分、冒頭に出てきたあの黒い人影って家族とか友人だと思うんですよね、青年の。それが自分の身内や知人だと認識できないほどにおかしくなってしまって、そこから徐々に回復していってー的なストーリー仕立ての夢でした。
ちなみに家の人たちや知人たちの顔は覚えていないです。見えたのは性別と、フィーちゃんと、ゼノの姿をした誰か。…うーん、妙にリアルな夢…。なんでそんなもの見たのやら…おかげで昨日は一日ぼんやりでしたよ。しかも、女性から見た青年のあの光の無い表情が昔の自分を鏡越しに見ているようでなんか、ああ……って感じでしたね。
あの記憶の飛びかたも、時間がバラバラな感じも、怯えかたも、恐怖も、ぼんやり感も。まわりの態度や接し方も全部一緒。一定以上鬱が悪化すると記憶無いんですよねあれって。飛ぶというか覚えてないというか…。
そしてまわりの人たち、家族の呆れた顔。あれが余計心に堪えるというか、最初は多分心配も親身にもなってくれていたんだと思うんです。けれど、治らないから次第にどうでもよくなって、結局見放したんだろうなって。そういう何か異物を見るような目を向けられるのが怖くて、余計、家族とも距離を取って……みたいな。
ぼんやりした思考の中に恐怖が混じってて本当は怯えているのに、でも心はそう認識していないから、灰色な世界を虚ろな人形としてただそこにいるだけ、みたいな…。暗いですね!いまは回復してますけど、昔は大変でした。ブラック会社に勤めるとそうなるので気をつけよう!終わり。