第2部 第四章/中『生誕祭』
「──と、いうわけです。一部、まだ思い出せない記憶はありますが」
自身の出自を思い出したゼノ──いや、もう私でいいか。私はポエミ村までの道中、ライアス王子に過去の記憶を話した。
ユーハルドの初代王、リーゼ王との出会い。
もう千年以上も前の話になる、静かに語った国の始まり、そしてその終わりを──。
「ふむ、つまり、お前は初代王リーゼを支えた大祭司オーゼン・アンブローズであり、自らが仕えた王を殺すため、宝剣の使い手を探していた、というわけか」
馬に揺られ、なにも言わずに私の話に耳を傾けていた王子は、困惑も、驚きすらも感じさせない抑揚に欠けた声で返した。こんな話を聞いてもまったく動じない彼には逆にこちらが戸惑いを覚えてしまう。
「……驚かないので?」
「別に。驚いてほしいと言うなら演じるが?」
「いえ、結構です……」
まあ、と呟き王子が空を見上げる。
「初代の王佐、大祭司オーゼンは『不死蝶の魔導師』と呼ばれていたと聞く。ならば異名の通り、不死の存在であってもおかしくはない。むろん、それがまさか自分の補佐官がそうだとはさすがに思わなかったがな。──それで、その一部思い出せない記憶とは?」
「各時代の細かな点と、最終決戦──リーゼ王が世界から瘴気を失くすために行動していたことはご存じかと思いますが──」
国を興し、いくつかの戦いを経て太平の世を築きあげたリーゼ王は当時、世界中で増え続ける瘴気を消す活動に尽力する。その過程で最大の敵、白の皇帝アルバスとぶつかり勝利を収め、瘴気消滅の術を展開する。しかし──
「とある者の裏切りにより、瘴気を消す計画は最後に破綻する。その裏切り者の名前と、魔竜となった王を封じ、この手を屠るべく自身に不死の呪いをかけたあとの行動が少々あいまいです。宝剣の使い手候補だったウェナン──いえ、ウェナン王の側にいたことは覚えていますが……、おそらくこのあたりは追々分かるかと」
「そうか」
王子は逡巡めいた顔を頷くと、「いまいちど確認するが」と続け、
「七年前、フィーティアの──カヴァスたちに追い立てられ、お前は崖から落ちた。そしてシオン兄上と騎士アウルに助けられるも、お前は自らの記憶を封じ、以後、別の人間として生きることにした。相違はないか?」
「はい、そうです。元々私は魔竜化したリーゼ王を救うために行動していました。けれど結局それは無理だと分かり、彼女を討つと決めた。だから、彼女の星霊だったカヴァスとはたびたび対立していました」
七年前もそうだった。カヴァスの襲撃に遭い、瀕死状態に陥ったリィグを眠らせ、私自身も重傷を抱えてグランポーン山中を逃走していた。その後崖から落ち、巻き戻りの呪いが発動し、青年の姿から子供の姿に──正確にはリーゼ王に出会った頃の年齢に体が戻ったのだ。
「さすがに子供の体で彼らの相手をするのは難しい……。なによりリィグの回復もありますから、私はアウルたちのもとでしばらく身を隠すことにした。──そこで『再びクラウスピルの剣に触れるか、二十二歳の誕生日を迎えたら思い出す』という条件付きで私という人格を眠らせ、別の皮を植え付けることで彼らとの新たな生活に溶けこめるよう細工を施しました」
「その理由は?」
「……明るい人物のほうがうまくやれると思ったから、でしょうか」
「そうだの、お前さきほどから暗いからの」
王子がうんざりとした様子でかぶりを振った。だが、一応弁明しておくと暗いわけじゃない。千年分の記憶を一度に思い出したのだ。ひどい頭痛とカヴァスたちとの戦闘後の疲労もあり、受け答えが少々重たいだけだ。断じて暗いわけではない。
「──まあよい。話は分かった。しかし、するとなんだ。宝剣の使い手を探しているとお前は言ったが、余の補佐官を辞め、今後は使い手探しとやらに専念するのか?」
「いえ、お邪魔でなければ、今後もお仕えできればと」
「なぜだ? もう必要ないだろう?」
「ライアス王子がその使い手だからです。──あと、王佐になるために」
四年前のあの日、シオンと約束した。
彼は死んだが『約束』は生きている。
ならば、約束を反故するわけにはいかない。その理由は王子には伏せておくが、一度『王佐を目指す』と口にした以上、私は王佐を目指さなければならない。
実際になれる、なれないかはともかく、少なくとも行動を起こす必要があるのだ。
「宝剣の使い手か……」
王子はちょっと──いやかなり迷惑そうな顔でつぶやいた。
「つまり余はこれからまたあの魔竜退治をさせられるわけか……」
「すみません、お手を煩わせることになって」
シスタスでの魔竜戦が彼の中では相当堪えたらしい。嫌だなぁという雰囲気全開で、彼はため息まじりに返した。
「王佐のほうは、素性を明かし、お前が望めばすぐになれると思うが」
「いえ、話したところで到底信じられる話でもありませんし、変に混乱を招くようなことは避けたい。ならば今まで通り『ゼノ』でいたほうがよろしいかと」
「ふむ。……まあ、確かにそれが賢明か。──姉上たちにもか?」
「はい。どこから秘密が漏れるかわかりませんから。それに──」
先ほどからチクチクと頬に刺す鋭利な視線。私を見つめるフィーの圧がすごい。まるで警戒モードの猫のようだ。王子のうしろにちょこんと座り、馬にまたがるフィーに私はそっと吐息を零した。悲しい。
「フィー、そう敵視してやるな」
王子はフィーの頭をひと撫ですると、記憶の件はあえて周囲には黙っておこうという方向で互いに意見が一致した。
「──ところで名は? 人前では変わらず『ゼノ』と呼ぶが、それ以外は『オーゼン』と呼んだほうがよいのか?」
「どちらでも。貴方様のお好きなようにどうぞ」
「よいのか? 名とは重要なものであろう?」
「そうですが、私はライアス様のご意向に従います」
「わかった。では、面倒だから今まで通り呼ぶ。よいな」
「仰せのままに」
私が馬上から頭を垂れると王子は後ろに首を回し、静観を決め込むリィグにたずねた。
「元からこうか?」
「うん、このひとは昔からこんな感じ。自分の意見とかあんまり無いし、ある意味王様に忠実~みたいな?」
笑って言ってから、リィグが首をかしげる。
「でも、昔と比べてだいぶ明るくなったよね。なんかあったの、マスター?」
「なに? これでか?」
王子の瞳が驚愕に開かれる。今日いちばんの驚き具合だ。
「そだよ。ボクの記憶にある限り、目に光が無かったからね。いまは普通だし、暗いっていうよりも淡々としてるって言ったほうが正しいのかなぁ? まあ、ライアス王子やアルスのお兄さんみたいな感じだよ」
「余はこんなに暗いのか……?」
「リィグ。余計なことは言うな」
王子が静かにショックを受けているようだったので、私は咳払いをして話題を変えた。
ともあれ、いままで通りライアス王子の補佐官として仕え続けることになった私は今後、二つの顔を持つことになる。
まわりに対する顔は、騎士アウルの義息子、『ゼノ』として。
リィグに対しては、素の私、『オーゼン』として。
そして、王子とふたりきりの時は『好きにしろ。だが堅苦しいのは嫌だ』と言われた。
……いちいち切り替えるのも面倒なので、外では『ゼノ』、家では『オーゼン』でいこうと思う。
こうして、王子との細かい決め事が終わる頃にはポエミ村に到着していた。
🦋︎︎
村に着いてすぐに待っていたのは心配顔のケイトだった。
「ゼノちゃん! ミツバ様から話は聞いたわ! 怪我は無い⁉」
馬から降りた私の身体をペタペタ、いや、バシバシという方が適切だろうか。半ば叩くような強さで全身に触れてくる。フィーにも同じくバシバシ。リィグに至っては両腕を広げてケイトの診察(?)を待っている。
さすがに王子相手にはためらったのか、「怪我は?」と尋ねてからケイトはホッと息をついて胸を撫でおろした。
「お屋敷の客室にミツバ様たちをお通ししたわ。急いで来てくれる?」
走るケイトを追って屋敷へ戻り、部屋に入るとミツバがひとこと。
「クレハが目を覚まさないの」
「え?」
「こっちに戻ってくる途中で気を失って、それからずっと目を開けないの! ねぇ、どうしようゼノ!」
ひどく青ざめた顔で彼女は叫んだ。
「あたし、馬から落ちたこの子を連れて村まで戻ったの! でもずっと眠ったままなのよ! グランポーン侯爵が薬師を呼んで、骨折したこの子の腕の治療はしてくれたのはいいけれど、肝心の意識が戻らなくて。このまま目を開けなかったら……」
その先に続く言葉を呑みこんで、ミツバは半泣き顔で私の胸ぐらを掴んだ。
「はやく診なさい! おまえ、こういうの詳しいでしょ、急いで‼」
「わ、わかった……」
急かされ、クレハが眠るベッド脇の椅子に腰かける。
クレハの飼い犬のシュヴァ……なんだったかが、心配するように『きゅうん』と鳴いて彼女の腹の上に乗っているので、邪魔だからどかして脈を取る。
正常だ。呼吸も安定している。
まるで眠り姫のように規則的な寝息を繰り返し、クレハはまぶたを閉ざす。
「どうなの⁉ なにか分かった⁉」
「いや……」
「なんでよ! ちゃんと見なさい!」
「見ているよ」
騒ぐミツバに返し、私はクレハの心音を確認する。もちろん直接触らずとも耳を近づければ聴こえるので、体を軽く前に倒す。
やはり正常。つまり──
(どう見ても、単に寝ているだけに見えるが……)
あとは腕の骨折以外に怪我がないかを見るくらいになるけれど、薬師に診せたのならその時に分かるだろう。一応、馬から落ちたそうだから、もしかしたら頭を打ったのかもしれない。そのことを考慮し、動かさないよう骨折部の腫れ具合を確認していると、足元で子犬が愛らしく吠えた。
「わん!」
心なしか大気が震えたような気がした。
「わんっ! わんっ!」
「駄目だよ、クレハちゃん寝てるから静かにね」
リィグが子犬を抱き上げる。すると、クレハの口から小さな呻きが漏れた。
「……ぁ、ゼ……ノ、様?」
「クレハ、目を覚ましたか」
「クーちゃん!」
起き上がったクレハをミツバが抱きしめる。
「よかった! もう目を覚まさないんじゃないかって心配したのよ⁉ 大丈夫、どこも痛くはない⁉」
「うーん、腕が、ちょっと痛いかな。でもそっか、ごめんね。心配かけたみたいだね」
「本当よ!」
「クレハちゃん。頭のほうは大丈夫? いち足すいちは?」
「にー。ありがとう、平気だよ。リィグ様」
「気分は? 悪いとかないか?」
「うん、大丈夫。ゼノ様も診てくれたみたいでありがとう。フィー様も心配してくれたのかな?」
「ん、心配、した。起きて……よかった」
フィーの頭を撫でて、王子にも迷惑をかけたと謝罪するクレハ。倒れた原因に心当たりがあるかと王子が訊ねれば、
「なんか急に疲れがドンっと来て、馬に揺られてるうちに眠くなっちゃったみたいで」
とのことだった。
まあ、クレハだからな。
あははー、と笑うクレハに内心そうだろうなと私は思った。
「──では、クレハの支度が終わり次第、すぐに行くぞ」
「どこへ?」
「決まっておる」
王都だ、と告げて王子は宝剣を抱えて踵を返した。
──と、見せかけて実はこのあと何日間かグランポーンに滞在します(クレハの怪我の治療で)。
その時の番外編が『はっぴー☆ばーすでい』というゼノの誕生日を祝うお話でして明日載せます。