第三章あたりの番外編です。あとでなろうさんにも載せる予定。
その日の夜のことである。
ユーハルドに帰国するべくシスタスを出たゼノたちは、小さな街に立ち寄り一泊することにした。そして夕食後、クレハが部屋に訪ねてきて開口一番こう言ってきた。
「あのね。どうしたら『ミッちゃん』『クーちゃん』って呼べる仲になれると思う?」
「はい?」
「そりゃあね? こういうことは順序が大切だと思うし、まずはお茶から始めて少しずつ親睦を深めてから愛称呼びに進むべきだと思うの。そしてゆくゆくは、お部屋に招いてパジャマパーティーって言うのかな、一緒に夜を過ごすことが最終ゴールなんだけど、私としてはそのへんの過程をすっ飛ばして、早く深いお付き合いがしたいんだ」
「うん」
「どうしたら速攻でミツバ様を落とせる?」
とりあえず、廊下で誰それを落とすなんていう話をしていると、いろいろ誤解されそうなので部屋の中に入っていただいた。
「——えっと、それで? どうやったらミツバと仲良くできるかだっけ?」
椅子に座るとクレハは前のめりで頷いた。
「うん! ミッちゃん、クーちゃんって呼び合うくらいラブラブになりたいんだ!」
「そ、そっか」
なんだか恋愛相談を受けている気分になった。
「そうだなぁ、ミツバは甘いものが好きだし、散歩がてら一緒に市場でも回ってきたらどうだ? 幸いここは小さな街だけど、物流は盛んのようだし」
「デートだね!」
クレハはこの街の地図らしきものを卓上に広げると、腕を組んでううむとうなった。
「まずは市場に行ってクレープ食べて、そのあとに歴史ある小路を散策して、最後にすてきな夜景を見るのがベストルートかな」
「明日の昼にはここを発つ予定だけどね……」
素敵な夜景は見れないので代わりに街の名所である『シャノンの塔』を薦めておいた。
そしてやってきた決行日。
ゼノはサポート役として、ふたりのデートとやらを見守ることになった。
「マスター、なにしてるの? 完全に不審者だよそれ」
「静かに。通りのほうに行った。追いかけるぞ!」
子犬を抱えてついてくるリィグに返し、ゼノは建物のかげから這い出てクレハとミツバを追いかける。
最初は市場に向かったようだ。事前に立てたプラン通りクレープを購入し、近くのベンチに座り、クレープをもぐもぐ。ふたりとも幸せそうな表情だ。
食べ終えると、今度は雑貨を扱う露店の前で立ち止まる。
マグカップを見ているようだ。川遊びをする子犬が描かれたマグカップをクレハが購入。明らかにアウロラ商会の商品なのだが嬉しそうにカバンへとしまう。
続いて装飾店。ミツバが耳飾りをお買い上げする。
眼鏡屋。赤いフレームのメガネを手に取りクレハがかける。きりりとした表情で『どうかな。経理担当に見える?(意訳:賢そうに見える?)』とミツバに聞いている。ミツバが困惑ぎみに頷いている。
そんな感じで市場をめぐり、続いて歴史ある小路とやらへ移動。
シスタス同様この街も古い歴史を持つらしく、レンガとはまた違う石造りの家々が建ち並んでいる。趣深い路地を散策し、うろうろと。入り組んだ道に迷っているらしい彼女にさりげなくサインを送り、ゼノは物陰に隠れながら周囲に首を巡らせる。ナンパを目論む男どもを発見。撃退。そして思った。
(オレはいったい何をやっているんだろう……)
まるで付き合いたてのカップルを見守る保護者。いや、友情を育むふたりをより親密にさせる恋の天使ならぬ絆のキューピット。手のひらから魔法の矢を放ち、第二のナンパ野郎どもに容赦なく浴びせ、ゼノは先を行くクレハたちを追った。
「そろそろシャノンの塔に行こうよ」
クレハがミツバの手を引き、塔へと入っていった。
この街のシンボル、シャノンの塔。
黄色いレンガを積み上げ作られたシャノンの塔は、そのむかし豊穣の女神シャノンを祀るてために建設された塔なのだという。
毎年塔の前では黄色いトマトを投げ合うという意味不明な催しが開催される。いまはその時期ではないのでトマトまみれになることはない。よかった。
円を描くように美しく並んだ螺旋階段を登る。そこまで高くはないのですぐに上までたどり着く。依頼主からはこっそりついてくるように言われているので、あえて階段を登り切らずに階段入口から半分だけ顔を出す形でゼノはふたりを見守った。
クレハは大きく息を吸いこみ、ゆっくりと吐き出した。
——言いたいことはハッキリ言ったほうがいいよ。そうじゃないと伝わらないから。
それは、きのうゼノに相談したときに言われた言葉だ。
クレハは普段から人に合わせるきらいがある。
自分よりも相手の主張を優先し、頼みごとをされれば大抵のことは頷き助力する。
自分の考えを持っていないわけではないけれど、どうしてもいつもそうしてしまうのだ。否、そうしないとクレハは不安でたまらなかった。
(伝えて、嫌われたらヤだな)
自分の考えを口にして相手とケンカになるぐらいならまだいい。
拒絶されるのだけは嫌だ。だったらにこにこ笑って相手に合わせていたほうがよほど傷つかなくていい。
だからクレハは言葉を発する前に必ず考える。
結果、当たり障りのない会話になってしまい、話がつまらない子、八方美人、という印象を相手に与えてしまうため、クレハはとくに同年代の少女たちの輪に入ることが苦手だった。つまるところクレハはぼっちさんなのである。
(言ってもいいのかな……でも)
考える。くよくよ考える。くよくよくよくよ考える。きれいね、と微笑みながら眼下の町を一望するミツバの横顔を見つめてクレハはやっぱりくよくよ考える。
ミツバ様のほうが断然きれい。いやいやそうじゃなくて。ああそうだ。血の繋がらない兄が言っていた。ミツバみたいな娘は案外押しに弱いのだと。ならば、
(押して、押して、押しまくる!)
クレハはぐっと拳を握った。
「あのね!」
「な、なによ?」
急に声を張り上げ出したクレハにミツバがびくっとする。クレハは真正面からミツバを見据えて言った。
「わたしはっ、あなたと仲良くなりたいです!」
「え? ええ……」
「その、親友っていうのかな⁉ できればいつか、そんな風に呼びあえる仲になれたら嬉しいなって思っています! だからまずは手始めに『ミっちゃん』『クーちゃん』と呼び合うところから始めて、少しずつご飯して仲良くなって、これからこのさき一緒に同じ景色を見ていけたらうれしいです! こ、これからもよろしくお願いします!」
ずびしっ! と手のひらを差し出し、クレハは言い切った。
端から見ると、どこのプロポーズだという感じである。
しかし、ひとまずクレハの熱意は伝わったのか、ミツバは一瞬『は?』という顔をしたあと恥ずかしそうに小さく頷きクレハの手を握り返した。
「わかったわ。これからも仲良くしてあげる。……で、でも、クーちゃんと呼ぶのはちょっと——」
(この旅の道中ずっと見てきた)
顔を真っ赤にして、もごもごと口にするミツバの言葉など耳に入っていないクレハは回想する。
彼らについていくと決めた日。ゼノからミツバを紹介された時からずっと見ていた。
この人は、ときおり言葉と態度が裏腹な時がある。
厳しいことを口にしても、相手が困っていれば必ず声をかけて手助けしようとする。
それはきっと幼なじみのアルスと一緒で、その優しさを表に出さない人なのだろう。
だから大丈夫だとクレハは確信する。
いままで自分のことを嫌っていた相手。クレハとて馬鹿ではない。それくらいは理解しているし、少し前まで何度も冷たい態度を取られた。だからそんな相手と仲良くなろうだなんて、酔狂だと義兄にも言われた。
(だけど)
仲良くなりたいのだ。
ずっと友達がいなかった。遊ぶ時間が無かった。剣の稽古ばかりしていた。
母に認めてもらうため。
それだけを考えて、ひたすら剣を振るってきた。
いまでもそれが間違っていたとは思わないし、これからも、それでいいとさえ思っている。けれど、シスタスを出る前、父に言われたのだ。
いい友人が出来たな、と。父は心底安心したように笑った。
そのときに気づいた。
自分は父を、不安にさせていたのだと。
もちろん、だからというわけじゃない。純粋にミツバとは仲良くなりたいし、彼女を含め、ゼノたちともこれからたくさんの想い出を作っていきたいと思う。
いまはまだ、彼女たちとは父の言う友人同士ではない。
だけどいつか、きっとそうなれる。そう願ってクレハはミツバを——それからものかげに隠れるゼノの顔を見つめて頷いた。
ミツバが、ごほんと咳払いをして話の続きを口にする。
「——というわけで、と、特別にミッちゃんと呼ぶことを許可するわ」
「ほんとうに⁉」
「ええ。おまえのその恥ずかしげもなくまっすぐな主張は嫌いではないし、今後は好きに呼びなさい」
「やったー! じゃあさっそく、ミッちゃん!」
「なによ」
「ええ? そこはクーちゃん、じゃないの?」
「はあ? さっき呼ばないって言ったでしょ、聞いてなかったの?」
「ええーっ! なんで⁉ 遠慮しなくていいよー、クーちゃんっていっぱい呼んで。——あ、そうだ。あれならおそろいのブローチでも買って記念にふたりの名前を彫ってもらおうよ。シスタスほどじゃないけど、この街も工芸が有名なんだよ」
「……ええ、この子、ぐいぐい距離をつめてくるんですけど。しかもそれ、明らかに恋人同士がやるやつよね」
あと、おまえ意外と図々しい性格だって言われない? と聞き返されてクレハは首をかしげた。
がっちりと握られた両手。クレハはまだ気づけていない。
友人との距離感が分からない彼女は少々詰め寄りすぎる。心理的にも物理的も——。
ふたりのデートを見届けたゼノはひと足先に宿へと戻っていた。
この先の道が数日前の雨のせいで土砂崩れを起こし、通行止めになったらしい。そのため迂回ルートを調べるべく結局今日もここで一泊することになった。幸い、古い街道が生きているからそちらを通ることになったので、明日の早朝には出発できそうだ。
「早馬使って正解だったな」
通常は急使でもない限り早馬を使うことはないのだが、来月の終わりにレオニクス王の生誕祭がある。王族は全員出席。しかし、どう考えてもイナキアからでは間に合わない。そこで金はかかるが運搬用の特急馬を借りることにしたのだ。
ゼノが寝台に腰掛けると、ノックもせずにミツバが入ってきた。もしも着替え中だったらキャー! である。ミツバはゼノの前に立つと、若干不機嫌そうに口を開いた。
「尾行がヘタなのよ。クレハが気づいていたじゃない」
「ごめん。リィグがいたからうまく気配が隠し切れなくて」
そう。今回ゼノが絆の天使に徹していたのはミツバの依頼によるものだ。
実はきのう、クレハがゼノの部屋に訪ねてくる前に先にミツバがやってきた。
相談内容はまあクレハとほとんど同じで仲を取り持ってほしいみたいな話だった。
だからクレハに相談されたとき、ふたりで市場を回るよう提案した。
その結果、ゼノの誘導通りクレハはミツバを連れて街に出かけた。ゼノはそのあとを追い、陰ながらふたりのサポートをしていたというわけである。
「ま、一応礼を言うわ。ありがとう。おかげで前よりクレハと仲良くなれたわ」
「クーちゃんって呼ぶんじゃないのか?」
「よ、呼ぶわけないでしょバカ!」
枕を投げてミツバさん退室。ぶつかるすんでのところで枕をキャッチしたゼノは枕を寝台においてはたと気づく。
「これ……」
グラスがひとつ入るくらいの大きさの、青い箱が机の上に置いてある。
黄色いリボンの隙間に挟まれた小さなメッセージカード。そこには『あたしとクレハからの礼よ』と書かれていた。
開けると、川遊びをする子犬の絵が描かれたマグカップが入っていた。
そういえば、クレハが露店で買っていた。なんで自分の商会のグッズを買っているんだろうと不思議だったが、そういうことかと気づいてゼノは苦笑する。
「ま、仲良くなれたんじゃよかったよ」
さっそく茶を淹れて、ゼノはマグカップに口をつけた。
ちなみにクレハとミツバはブローチじゃなくておそろいのマグカップを買いました。
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