小説家になろうさんに載せたやつ。少し加筆したものになります(あとで向こうも同じ内容にする予定)。話は短いですが、イラストがあるので二編に分けます~。
海に沈む、夕陽の色をした瞳。
夜闇に浮かぶ輝く月を連想される、白い髪。
影が差した路地裏で、その人は心配そうな顔でわたしに手を差し伸べた。
それはいつしかわたしを助けてくれたあの人に、似ているような気がした──
クレハは商都の漁港を歩いていた。
──人手が足りないから手伝ってほしい。
以前働いていた食堂から手伝いを頼まれたので、朝早くから出勤し、昼すぎまで鍋を振るっていたクレハは、やっともらえた休憩にほうっと息を吐く。
あの食堂は人気だ。
観光客。地元の住人。早朝から漁に出ている漁師たち。
連日みんなに愛される港の食堂はいつ来ても騒がしい。
今日もたくさんの来客があり、ホールは大忙しだった。
注文を受けたクレハも大慌てで調理に取りかかり、次から次へと来るオーダーをてきぱきとさばいていった。
クレハはあの食堂が大好きだ。
自警団への正式加入の折にやめてしまったが、今でもこうして要請があれば顔を出すようにしている。
「このへんでいいかな」
賄いにもらった海鮮丼。
さきほどからどこで食べようかなと港を彷徨っていたクレハは赤い係船柱を見つけて腰をおろした。
「やっぱりこの時期は鯛だよね」
クレハはこくりと頷くと、真剣な顔で丼ぶりを見つめた。
赤みの強いモミジダイ。
透き通った白身に、ところどころ紅が差していて美しい。
秋といえばタイ。
サンマという意見もあるが、クレハとしては鯛一択。
焼いても煮ても刺身にしてもうまい鯛は万能な魚なのである。
分厚くスライスされた白い切り身。
それが五枚。
切り身の上には薬味が散らされ、サクラナ秘伝の特性だれがかかっている。
クレハはスプーンを握りしめた。
いざ、大きくひとくち!
「……、────、おいひいっ!」
身がぶりんぶりん。そしてこりこり。
歯を立てれば思わず押し返されそうなほどに弾力の強い身は、ほんのり甘くて舌に吸い付くようにしっとりとしている。
うまい。
魚特有の生臭さは感じない。
これだよ、これ。今日、生きててよかったー。
つんと辛いワサビが鼻を突き抜けて、クレハは目頭を押さえた。
「そういえば、みんなあんまりコレ注文しないんだよね」
イナキアの人間は魚をあまり生では食べない。
食中毒を懸念してのこともあるが、ねっとりとした刺身の食感が苦手らしい。
あとライスもそうだ。
リゾットなどの味がついたものはみんな好きだけれど、味ナシ(白飯)は人気がない。
血のつながらない義兄が言っていたが、ライスだけだと食べた気がしないらしい。
せめて炊き込みご飯にしてくれと言っていた。
そういう経緯もあり、港の食堂に置いてある海鮮丼や焼き魚定食、煮魚定食などのライスには魚介のだしで炊いた飯を使用している。
おかげで味が濃い。
なので白飯。
クレハとしては塩分の取り過ぎには注意したいところだった。
「おいし~」
小さい頃からサクラナ出身の祖母の元で育ったクレハはこの手の料理は食べなれている。
米粒ひとつ残さず完食して彼女は立ち上がった。
「おいしかったー……って、あれ? いまシュバルツァーがいたような?」
首を曲げる。
こう、ピクッと心臓が跳ねるようなそんなわずかな感覚。
いる、とわかる確かなつながり。
クレハは漁港の遠くを見渡すと、古びた廃倉庫街──立ち入り禁止区域に入っていく白い小犬の姿を見つけた。
雪のように真っ白な小犬だ。
よく『生後何か月?』と聞かれるが、拾ったのは二年前。
全然大きくならないからそういう犬種なのだと思うけれど、クレハとしては背中に乗れるくらい大きく成長するのを楽しみにしていたから、ちょっとがっかりだ。
クレハは小犬を保護するべく立ち入り禁止区域へと近づいた。そして迷った。
「あ、あれ……?」
同じような建物が並んでいるせいで、どこから来たのかわからなくなった。
こういう時は海の音が近い方向へ歩いていけば、倉庫街から出ることができるだろう。
小犬の気配もそっちのほうから感じるし……。
クレハはぱたぱたと駆け足で倉庫街を走り抜けた。
「──あ、どこか行っちゃった」
海辺近くに到着すると時すでに遅く、小犬の姿は無かった。
遠ざかる気配。
そのまま魚市場へと向かったのだろう。
小犬の気配はクレハから離れていった。
「もう、こんなに食べ散らかして……」
地面にはビスケットの残骸が散らばっている。
当食堂が誇る、おさかなビスケットだ。
本来廃棄するはずの魚の骨を粉末状にして練りこんだ栄養満点のビスケット。
ちなみにイカやエビなどの形も入っている。
お値段はワンコイン。
見事に散乱した食べかすを見て、クレハの腹がぐうっと鳴った。
「もう一杯、もらってこよう」
丼ぶりを片手にクレハは食堂へと走った。
翌日、例の髪切り犯──ティアを止めるために屋敷を抜け出してきたクレハは公園のベンチでうなだれていた。
「見合い、やだな……」
きのう、突然父から告げられた。
──来月見合いの場を設けるから、それまでに作法の復習をしておくように。
相手は妖精国の高貴な人らしい。
侯爵家の長男と言っていたから、ゆくゆくは家督を継いで王国を背負う立場になるお人なのだろう。
正直、気が進まない。
だって、恋とかそういうの。クレハにはよくわからないのだ。
みんなのことが大好きだし、男女の情といわれたところでピンとこない。
それがいきなり結婚だなんて。
「想像つかないよ……」
なにより自分みたいなただの商家のいち小娘が、貴族の令息との結婚なんて絶対うまくいかないと思う。
社交の場でもきっと浮く。
浮いて浮いて、浮きまくって最終的に公衆の面前で『キミとの結婚は白紙に戻す!』とか宣言されたら、クレハは立ち直れない。
やれ出戻り娘などと揶揄されて、みんなから腫物扱いされそう……。
というか、お母様が許さないだろう。
病床につく母の顔を思い出して、クレハは重いため息を吐き出した。
「──ん? またあの子の気配がする」
近くにいる。
飼っている小犬の気配を感じてクレハはベンチから立ち上がる。
それほど遠くもない場所に小犬の姿が見えた。
白髪の青年に抱っこされる形で小犬は眠っているようだった。
ベンチに座る二人組。
赤毛の美人さんと金髪のかわいい少年だ。
白髪の青年は金髪の少年に子犬を預けると、なにかを探してあたりをきょろきょろと見回している。
公園内の露店。
いくつかある中で、飲み物を扱っている店を見つけて列へと並んだ。
「あそこの店って、たしか例年食中毒を出してる……」
毎年夏になると、あの店でジュースを買った客が腹痛を訴えて、商候組合の館に列をなす。
ジュースに使われる果物の鮮度に問題があるらしい。
どうするか。
クレハは一考する。
ああして店を出しているということは、国からちゃんと許可を得ている証左だ。
それを『あそこの店では買わないほうがいい』と吹聴するのは営業妨害に当たる。
たとえ食中毒を連発していても、一定期間を過ぎれば再び店を開けていいのだ。
だからあの店の評判を落とすことを言ってはいけない。
ギルドに敷かれた掟だ。
(でも、シュバルツァーが懐いてるみたいだし……)
ここ数日家に帰ってこないなと思えば、どうやらあの青年のそばにいるらしい。
もともと自由な子だ。
クレハがいないところで勝手に冒険しては、お宝を見つけてはしゃいでいる。
こないだも、ラビーコイン(イナキアのお金)が入った財布を拾ってきたから自警団の探しもの課に預けておいた。
早く持ち主が見つかればいいのだけれど。
「よし、ここはしらせに行こう!」
飼い犬がお世話になっているのだ。
クレハは喜々として青年のもとへと向かい、食中毒のことを伝えた。
