ちょうど第二章の里帰りのあとの話。いつも主語は『私』で書いてから掲載時に『ゼノ』に変えている…もといゼノがそう読んでいます。
魔法というものは、精なるものたちの力を借りて発動するものだ。
だから呪文とは祈り。
彼らへの礼節と、願いを託すものである。
私は魔導書(初級編)を片手にため息をついた。
「呪文ねぇ……」
先のグランポーン領地における山中での戦い。
あの時は魔導品が壊れていたとはいえ、まったく役に立てなかった。
王子の冷え切った眼差し。戦いを邪魔するなと言われてなにも言い返せずに落胆したことは私の記憶に新しい。
「まだその本よんでるの?」
リィグがひょこっと私の手元をのぞく。
今日は、城の書庫で魔導書を漁っていた。
先日のリフィリア姫のオルゴール爆発事件。あれの詳細を問うべくビスホープ侯爵に手紙を出したのだが、まだ返事が来ない。おかげで日に日に王子の機嫌は悪くなるし、相変わらず仕事もなくて毎日ヒマすぎる。なので、魔法の勉強をすることにした。
手始めに魔法の原理から。
つまり、基礎が書かれた魔導書をさらっているわけだが、
「これさー、むずかしくって頭に入んないんだよなぁ……」
「どれどれ?」
リィグに本を渡して再度息を吐く。
「正直さ、魔法の理論がどうとかどうでもよくないか? こういうのは理屈じゃなくて感覚で使うもんだろ。いちいち頭の中でごちゃごちゃ考えてどうすんだって話だよ」
「そういうこと言ってるから魔法が制御できないんじゃないの?」
呆れた視線が突き刺さる。
そう言われても。苦手なものは苦手なのだ。水が出ろと思えば水が出るし、風よ吹けと念じれば風が吹く。使うときに、『えーと、これはこういう原理だからうんぬん』とか考えながらやっていたら、間違いなく敵に負けるだろう。
頭をからにして、すばやく発動させる。これ鉄則だと思う。
「いまマスターが使えるのって、水と風だっけ」
「そう。風はこの銀の腕輪を通してだけど、水はまあまあ制御できるかな。……お前と出会ってからは」
「ボクのおかげだね、やったー」
「なんか釈然としない……」
やったー、の部分を棒読みで喜んでからリィグは本に目を落とす。
「それにしても四大属性ねぇ。こんなのあるんだ」
「うん。火・水・土・風。これが基本の四つの属性。──で、そこに光とか闇とか……まあ分類できないやつが含まれる。ほとんどの魔導師は四大属性のうち、どれかひとつの魔法を操る。たいていは所持した魔導品の属性で決まるな」
「へー。そのへんの理屈はよくわからないけど、たしか『魔導師』って、道具を使うエセ魔導師と、ふつうに魔法を使うホンモノに分かれるんだよね。マスターがいま言ったのはエセのほうでしょ?」
「……うん、せめて二流って言ってあげて?」
三流でもいいから。
「魔法が使えるかどうかってのは、基本的には血筋で決まるんだよ」
私はおさらいを兼ねてリィグに説明する。
「異郷帰りっていう、生まれながらにして魔力を持つ人じゃないと魔法は使えない。だから魔導師の職につく人の多くは魔導品を頼りにしている。最初から魔法が込められた道具を使えば、魔力の有無の関係なしに魔法を発動できるだろ?」
「そうだけど、それって誰でも使えるから特別感なくない?」
「話の腰を折らない」
まあ、否定はしないが。
「──んで、魔導品は高価だから、おいそれと一般人の手には入らない。たいていは軍に入って支給されるか、代々家に受け継がれてきたーとかそんな感じ」
ユーハルドでいえば、軍の魔導師団が前者で、城下や農村部などで個人的に店を出している魔導師が後者にあたる。
「よって、個人でいくつもの魔導品を所持していることは稀だ。よほどの金持ちならありえるけれど、そういうやつはみんな飾るとかして実際には使わないし、軍の支給も一人一個が基本。つーわけで、魔導師はひとりひとつの属性しか扱えないってわけだな」
「うん、エセはね。だけどどうしてホンモノの魔導師もひとつの属性縛りなの?」
リィグが本に書かれた記述を指して首をかしげる。だから三流と呼びなさいと言っているでしょうに。
「さあ、それはオレも知らない。ごくたまに二つとか、複数使うやつもいるとは聞くけど……、なんか自分に合った属性しか使えないとかそういうやつなんじゃないか?」
「えー、いい加減な説明だなぁ」
「うるさいな。そういうお前だって氷しか使えないだろーが」
「だってボクは水の星霊だし~。というか、氷もだから二属性持ち? すごくない?」
「オレなんか四つ全部使えるもんね」
ちょっと得意気に言うと、リィグに『うへぇ』って顔をされた。うへぇって……。
「それね。マスター、いつもそう言うけどさ。風と水以外の魔法使ってるところ僕見たいことないんだけど。しかも風にいたってはその腕輪を通してだし」
「……うん。使うなって言われてるからね……」
「誰に?」
「ロイドに」
「え? ロイドのおじさん? なんで?」
「前に魔導師団の実習に参加したら、馬とかヒツジ吹き飛ばしてすごい怒られてさ。ほら、森もむかし一回半焼させてるからね、そのへんの信頼ないんだよオレ……」
「ああ……」
憐れむような目を向けられた。
「そっか。じゃあ、しょうがないね。ダメって言われてるのに使ったら、また怒られちゃうもんね。とりあえずいまは水と風だけ強化するって形で、さっそく外に出て特訓しようか。ずっと座学しててもつまらないし」
すくっとリィグが立ち上がる。
「あと、この本の内容まちがってるから読んでも意味ないよ」
「それ早く言ってくれる?」
そんなこんなで馬に揺られて小一時間。ニアの森までやってきた私たちは、木の側面に得点付きの円を描いて、そこに水の弾を当てる練習をすることにした。
「水よ穿て、ノルアクア!」
張り出した手のひらから小さな水球が飛び出す。十点と書かれた的に当たった。そのあともノルアクア! ノルアクア! と連呼する。
「清廉なる~とか、決まった言葉みたいの言わないの?」
「ああ、それ。大きな魔法を使うときだけだよ。こういう水を出すだけとか、簡単な魔法の場合は省略してもいいらしい。……まあいちいち言うのも面倒だからな」
「呪文の意味とはいったい」
そう言われましても。
「まっ、でも呪文唱えるのもよしあしだよね」
「なんで?」
「ほら、呪文は精なるものに捧げる祈りだっけ? 要するに、光蝶たちにお願いして力を借りるってことでしょ?」
リィグが空を指す。そこにはひらりひらりと舞う光蝶が二匹。ほかにも、草木や岩にとまっては羽を休めたり、飛んだり。いま私の目の前を一匹通過した。
「そうなのか?」
「そうだよ。『お願い』して魔法のチカラを増幅させるの。だから詠唱はちゃんとしましょうって、人間たちのあいだでは広まっているんじゃないかな」
けれど、リィグによると実際はすこし違うらしい。
光蝶たちは自分たちが気に入った相手にしか力を貸さない。ゆえに、いくら祈文を述べようとも光蝶たちがそっぽ向いて終わり、ということもあるそうだ。
「お願いしたところで聞いてくれなかったら言うだけ恥ずかしいよね、呪文って」
けらけらと笑う。
「まあ、マスターの場合はみんな張り切って貸してくれるから、言ったほうがいいのは確かだけどね。でも、ペリードのお兄さんとの戦いのときみたいにやるすぎるのも困りものだよねぇ」
現にいまもそわそわしながらまわりで待機してるし、とリィグは付け足す。
「え……じゃあここにいるのって呪文待ちしてるってこと?」
今日はいつもにも増してたくさんいる光蝶たちを一瞥して私がおののけば、リィグは頷いた。
(つまり、魔法を使うと毎回大惨事になってた理由って……)
こいつらのせいか。
毎度魔法を使うとやたらと威力があがって大変なことになる。リィグの話が本当ならば、自分の魔法ベタは光蝶が原因なのかもしれない。
現に、ペリードとの一戦。リィグいわく、森を燃やしたペリードにたいそう怒った光蝶たちが、私が発動させた魔法を媒介にして、緑の彼をズタボロになるまでおしおきしていたらしい。
どうりでとめても魔法がやまないわけだ。あのとき私の魔法は光蝶たちに半分乗っ取られた形だったのだ。なにそれ怖い……。
「でもそう考えると、やっぱりすごい迷惑なやつら」
道を歩いていると顔にぶつかってきたり、進路を塞いできたり。リフィリア姫から聞かされた光蝶いたずら話からしても、ほんとこいつらロクなことしないなと思った。
「ところでさ」
「うん?」
「その魔導品って、どういう仕組みなの?」
リィグが興味深そうに私の左手首をのぞく。銀色に光る風の腕輪。亡き養父アウルにもらったもので、風の魔法を使うときはこの腕輪を通して発動させている。
私は腕輪を外してリィグに向かってぽいっと投げた。
「魔導品ってのは、魔石を核に作った魔法の道具だよ。その腕輪みたいに装身具の形が多い。──腕輪の中央、緑の石がついてるだろ?」
光を失った昏い水晶。楕円型のふちに嵌まったそのまわりには、祈文、つまり魔法式が刻まれている。事前に〈キー〉となる言葉が設定されており、それを口にすることで魔導品は起動する。
「この腕輪の場合は、『かぜよ、たつまけ』」
当然だが、なにも起こらない。
「無風だけど」
「そりゃ壊れてるからね……」
本来ならば、いまの韻律に反応して風が巻き起こる。術者の周囲に強風を発生させ、一時的に竜巻を形成。起動者はその竜巻を利用して、高く飛び上がったり、近づく敵を一層したりできるというわけだ。
私の場合は、この腕輪が壊れてからは〈キー〉を言わなくなった。ふつうに魔力を通す形で使っている。核となる魔石が壊れても刻まれた魔法式が消えるわけじゃない。
苦手な魔力操作。それをこの腕輪が肩代わりしてくれているおかげで私は風の魔法が使えているのだ。
「これって誰が作ってるの?」
「いや、全部遺跡からの発掘品。いちおう錬金術士っていう魔導具専門の技師がいるから修理なんかはその人たちができるけど、一から作るのはいまの技術じゃ無理だよ。材料もそうだし、特殊な技法で作られてるらしいからな」
「ふーん」
スピルス文明。約千年前に栄えた文明で、今とは比べものにならないほどの高い技術と有していたと歴史書には書かれている。
なぜ滅んだのかはいまだにナゾ。ゆえに、学者たちからはまぼろしの文明と呼ばれているそうだ。
「よし、じゃあこれはボクが預かっておくよ」
「──え、ちょっと」
渡した腕輪をひらひらと振って、リィグが後退する。そのままストン。岩に腰かけるとリィグは「がんばれー」と声援を送ってきた。
いや、がんばれと言われても……。
「……しょうがない。ロイドにはダメだって言われてるけど、いっちょやってみるか!」
私は目を閉じて集中する。
(2/2へつづく)