いなばの◯描きブログ

遠野の漫画練習blog

【小説】理想の上司(第四章より)

毎年三月になると前職の悪夢を見てうなされるんですけど、こんな上司だったら仕事長く続くのになーという小話です。
ゼノの追想譚、第四章のチラ見せ。一部抜粋です。8000文字以上と長いよ。


(~前文省略~)

 けっきょく、ロイドが推薦した事務官候補三名は肩を落として帰っていった。その後、ケヴィンが去り際に、城の書庫に関する意見書を渡してこう言ってきた。

「王佐閣下より、書庫番たちへの指導をお願いしたいと伝言を預かっております」

 ロイドいわく、先日提出された書庫の改善案が『微妙』だったらしい。

 どう微妙なのかはケヴィンにも分からないそうだが、とにかく指導してやってくれとの話だった。

「──休憩中か? 誰かひとりは居ても良さそうだが……」

 さっそく私は書庫を訪ねて書庫番(司書)を探した。
 だが、誰もいない。受付と書かれたテーブル席はもぬけの殻。王城の書庫にしてはやや狭い室内を見渡せば、多くの書棚が並んでいる。前に見たときよりも綺麗に整理整頓されている。少し驚いた。

「前よりずいぶん見やすくなっているな……」

 以前の書庫は無法地帯に等しかった。床に散乱する本の山積みはいつものこと。書棚に置かれた本が薬学書かと思えば、すぐ隣には恋愛小説。

 ジャンル分け、という概念は存在せず、私が『ゼノ』として書庫番を務めていた時もそうだった。欠本は日常。利用者(主にロイド)からよく本の所在を聞かれて、毎回なんとなく見かけたで探し当てて貸し出していた。
 懐かしい想い出だ。
 いまは書棚に貼られた色札のおかげで本の位置が即座に割り出せる。

 たとえば、『歴史』なら緑のラベル。ユーハルドの古い記録や大陸の歴史について書かれた文献などを中心に、本棚の一角にまとめられている。

 ほかにも著名な作者の本。これはジャンルに関係なく専用の棚が置かれ、非常に探しやすい配置になっている。

 ちなみに私が書いた本、〈オーゼン・フィラ〉名義の置き場もあった。

「……そういえば、『ウェナンの大冒険』って私が書いたのか」

 赤いカバーの本。その四巻を手に取り表紙をめくる。

 前半は、スーピーと呼ばれる眠りの魔鳥を相手にウェナンが戦う話だ。

 悪戦苦闘の末、みごとスーピーを倒したウェナンはその後しばらく不眠症に陥るという謎のオチ付きである。

 後半は、ミリアという未来のウェナンの王妃に当たる少女が病に臥せってしまい、それをウェナンと従者のストラスが薬を作り、救う話だ。

 そして、このふたつの話に出てくる森住まいの白髪の薬師。話を読めば分かるが、これは私だ。ウェナンへの雑な対応がいかにも自分らしい。

(しかし、ライアス様の曽祖父とも知り合いとはな……)

 以前の私の交友関係はどうなっているのだろうか。ちょっと気になる。

「──ほら、早く運べ」

 私が本を読んでいると、書庫の外から慌ただしい靴音が近づいてきた。本から顔を上げれば若い男がふたり。青と緑と黄色(三竜カラー)が入った派手なコートを着た男が、部下らしき役人を怒鳴りつけている。

 カール・ウィエ・ビスホープである。

 今年の秋に更迭されたパトリック(ビスホープ侯爵)、その長男に当たる男だが、相も変わらずセンスの悪いスカーフだ。さすがは自称・流行最先端を行く男である。

「まったく! なぜこの俺が書庫番などせねばならんのだ……。これもあれもすべてあのシスコン王子と青豚のせいだ。ええい、忌々しい!」

 カールはひとしきり地団駄を踏んだあと、小脇に抱えた資料を机の上にぶちまけた。はらりと紙が地面に落ちる。
 青年がため息ひとつに紙を拾うと、カールは『しまっとけ』と顎で命じて菓子を食べ始めた。嫌な現場を見てしまった。

「…………お前、それはないだろ」

「っ⁉ 貴様、ゼノか!」

「ゼノです」

 がたっと勢いよく椅子から立ち上がるカール。目を見開き、心底驚いたと言わんばかりの表情だ。しかし青年の方は私に気付いていたようで、ぺこりと会釈すると資料を持って部屋の奥へと移動した。カールが蒼白顔で叫ぶ。

「き、貴様! いまの話どこから聞いていた⁉」

「最初から。シスコン王子と青豚のところまで」

「なっ、なななななおまえ! いいか⁉ ぜったい今の誰にも言うなよ! とくにルベリウス殿下にはなっ!」

「名指ししてるじゃん、もう」

 せっかく伏せていたのに、シスコン=ルベルリスと断定されてしまった。

「ご休憩中のところ悪いけど、早急に出し直せって王佐閣下からの伝言です」

「うん? これは……先日提出した書庫の改善案じゃないか」

 書類を渡すと意外にもカールは真面目な顔で紙をめくった。中身を確認すること数秒。不思議そうな顔で聞いてきた。

「これのなにがダメなんだ?」

「…………」

 こいつ、やっぱり仕事が出来ない部類の人間か。

 きょとんとするカールを捨て置き、私は青年を呼んだ。すると、

「はあ、意見書ですか……」

 カールの手から書類を奪って青年に手渡すと、やる気に乏しい返事が返ってきた。

 城にあがって一、二年。ライアス王子よりは年上だろう新米政務官。黒髪短髪の、少し幼さの残る顔つきの彼は、書類の束に目を通すと即座に「ああ」とつぶやいた。

「すぐ直します。三十分くらい、時間いいっすか」

 いいっすよ、と返すと青年は椅子に座って筆を執った。すぐにカリカリと音が鳴る。心地のよいペンの走りとともに、ものすごいスピードで紙がめくられていく。

「彼は?」

「カイ。先月入った書庫番。貧しい村の出だが、ロイディール様がとくべつ気にかけていらっしゃるそうでな。たまに差し入れを持って、本を借りにくる」

「へえ、優秀な子なんだ」

「どうだかな。俺から見ればまだまだだ。──それよりもお前、その話し方はなんだ。敬語を使え、敬語を。貴族に対して不敬だろうが」

「そう言われても。お前にもう敬意を払う必要ないし。爵位剥奪、領地締め出し。家督は弟が跡継いだんだってな。新しいご当主おめでとうございます」

「……っ」

 カールの顔が大きく歪む。単なる皮肉のつもりだったのだが、思いのほか効きすぎてしまったようだ。彼は椅子に腰かけ直すと拗ねたように窓の外を眺めた。

「……どうせお前も俺のことをせせら笑っているのだろう? 弟に家督を取られ、すべて失った憐れな男だとな」

「べつに笑ってはいないけど、馬鹿だなとは思ってる」

「なんだと! ……いや、いい。事実だからな」

 頬杖をついて、カールは憂うつげな吐息をもらす。

「弟は優秀なんだ。頭がよくて芸事にも明るい。剣の腕はまだ未熟だが、才はある。その点、俺は勉学が苦手でな。剣術もからっきし。絵なら多少はやるが所詮は趣味の範疇だ。唯一得意なことといえば、ラテアートくらいなものさ」

「それはそれですごいな」

 カールは今年の秋に起きたプレゼント爆破事件の犯人として名前が挙がっていた。

 あとで調べた結果、別の者の企てだったとして彼の容疑は晴れた。
 しかし父親、ビスホープ元侯爵ことパトリックの失脚以降、家督を実弟に奪われ、領地を追放。花形の財務書から書庫番へと左遷される。

 普段の彼の態度を考えれば自業自得と言えるが、哀切漂う背中には少々不憫に思う。

(でもコイツのせいでシオンが殺され、アウルも処刑されたようなものだしな……)

 光の離宮の警備担当として当時従事していたカール。
 こんなんでも一応見習い兵士の経験はある。離宮に賊が侵入したときカールは門の前で眠りこけていたらしい。

 そしてシオンとその母親は惨殺され、ミツバは隠し通路から逃れた。

 その後、警備ミスとしてアウルが責任を押しつけられ、宝剣探しの旅へ出ることに。しかし持ち帰った剣はニセモノとされ、処刑されるまでに至る。

 ゆえに、間接的にだがカールはシオンとアウルの命を奪った要因の一つでもあるのだ。

 それもあって、『ゼノ』はカールを良く思っていなかった。養父と親友の命を奪ったのだから当然なのかもしれない。

(──だが、憎むことはなかった)

 怒りだけ。しかもあくまでそれすら表層に過ぎず、心の奥底では感情が揺れ動くことは無かった。それはきっと根底的に『オーゼン』としての冷たさがあるから。

 なぜなら私は昔から、そういう感覚がよくわからないから──。

「お前、いまはどうしてんの?」

 私が訊ねると、カールは不貞腐れたまま窓の外を見つめて言った。

「どうもなにも王都の別邸で暮らしている。領主である弟からの命令でな。しばらく王都にいろだとさ」

「そっか」

 カールは先月ここに配属された。ちなみにシスコン野郎の人事だが、カイより一日早く入ったため、先輩風を吹かせてこうして仕事をサボっているのだ。

 カールは深いため息を吐いたあと、どこか諦めにも似た表情で、ぽつりと言葉をこぼした。

「ここも明日には辞める。城には貴族も多く集まるからな。嘲笑の的にされては叶わん」

 それきり彼は黙ってしまった。

「あの」

「うん? ──ああ、できた?」

 カールの切ない身の上話を聞いている内に書類の修正が終わったらしい。

 誤記の上に綺麗な線が引かれ、その脇には正しい内容が記載されている。

 おまけに追記として書かれた書面の裏側──白紙のスペースに加筆された内容は分かりやすく、読みやすい。こんな短時間で高精度の直しが出来るなら、最初からそうしておけばいいものを。もったいないなと思いながら私が修正箇所を確認していると、ひとつ面白い考察が書かれてあった。

【エール大陸全土の食文史について】

 遡ること千年前から現在まで。どんなものが好まれ、昔はどういう食文化だったのか。

 カイの考察では、かつての大陸にはふたつの巨大文明が存在し、大陸北部と南部で食事の様式が異なる。

 そこから考えられる民族間での文明発達の差異。その指摘がなされていた。

(なかなか鋭いな……)

 彼の推察は、ほぼ正しい。

 古くは赤の民と白の民が存在した。その二大民族では食べるものも生活様式も違ったし、そもそも白の民たちは魔法が使えない。
 ゆえに代わりとなる星霊学なる科学技術が発達し、そして潰えた。

 いまあるエール大陸の基盤のほとんどは赤の民の文化を継承している。

 そう考えると、現存する血統が白の民というのも皮肉なものだな、と私は書面から顔を上げた。

「面白い考察だね。だけど、この考えは少し違うかな」

「そうなんすか?」

「うん。たとえばだけど、ここに『魔法は生活のために存在した』と記述がある──」

 カイの考えでは、生活をより豊かにするために魔法は発展した。

 魔導品・魔動機が開発されたのもそれが理由だとある。しかし、その考察は残念ながら前提からして違う。

「魔法というものは本来、呼吸をするのと同じように自然に使えるものだ。誰に習わなくても感覚的に分かる」

 例えるなら幼子が野山をかけるように。川に入って魚を取るように。まわりの大人の魔法を見よう見まねで覚えて、自分のものへと昇華していく。

「最初は遊びから入って、それを日々の生活や戦いに応用しているにすぎない。生活を楽にするとかしないとか、うまくは言えないけれどそもそもそういう考えがないんだよ」

 そこにあるもの、身近なもの。

 生まれたときから自分の内にあるもの。

 ゆえに、初めから生活の一部となっているから、わざわざ楽をするために発達したわけではないのだ。それをカイに伝えると考え込むように下を向いた。

「なるほど、そういう考えもあるのか……」

「そう、あとはふたつの文明が存在したっていうのもなかなかいい線だと思う。けれど、どちらの民族も魔法を使えていたとは限らない。片方しか使えないからこそ、魔法を模した魔導品類が作られた、という解釈もあるんじゃないかな?」

「……たしかに」

 その発想はなかった。というような顔でカイは『星霊学(せいれいがく)』と書かれた本を棚からひっぱり出した。カールが感心めいた声で感想をもらす。

「お前、意外と学者っぽい考えもするんだな」

 まあ、実際に見てきたからな。

 とは言えないので、シオンの受け売りだと返しておいた。

「──それにしても、これだけしっかりした考えがあるのになんでそれを書かないんだ? 書いておけば、上の覚えもいいだろうに」

 ふとした疑問を口にすれば、カイは曇った表情をした。

 ちらりとカールを見て、言いにくそうに口を開いては何も言わずに閉じてしまう。

「?」

 べつに面倒だったのなら素直そう言ってくれれば、ロイドにこんな意味のわからない課題を出すなよとさりげなく伝えてあげるのに。

 だいたい、ユーハルド千年の食文史調査って、一体誰が読むのか必要なのか。

 遠慮せずにはっきり言っていいよ、と言ってあげようかと私が口を開いたとき、カイは意を決したように面をあげた。

「カール先輩が俺より目立つなってうるさいので……」

「え?」

「俺のが出来ると先輩怒るんで」

「カ、カイ! お前はなにを言って──」

 がたっと、慌てた様子でカールが席を立つ。しかしカイは臆することなく続けた。

「だって事実じゃないっすか。俺がロイディール様に褒められると先輩すごく拗ねるし、この前も間違いを指摘したら細かいって逆ギレするし。面倒なんすよ、そういうの」

 …………。

 思ったよりハッキリ言う子だなと思った。

(まあでも、そうか)

 宮廷内は所詮、足の引っ張り合いの場だ。貴族の中でも家柄の規模で発言権は変わるし、庶民の意見など、まず通らない。むしろ下手げなことを言って爵位持ちの機嫌を損ねれば、出世はおろか左遷の憂き目に遭うだろう。

 私の見立てでは彼は将来有望だ。

 ロイドが気にかけているくらいなのだから、それなりに出来る子なのだろう。

 だからこそ自分の領分を分かっている。

 上を立てられない部下は上司に妬まれ、排斥されるのみ。

 それが貴族相手となればなおのこと。ゴマをすって相手の機嫌を取ればいいだけの話だが、さきほどのやりとりを見る限り、この子には向いていないのだろう。

 だから面倒事が起きないよう、あえて仕事の手を抜いておく。
 それもまた処世術のひとつだ。

「なるほど。それでこっちのカールの提出分だけやたらと出来が良かったのか……。これ、キミが書いたんだろう?」

「そうです」

「おまっ、言うなよ!」

 もうひとつの書類の束。こちらは『最近の書庫の利用者減少についての改善案』だった。マトモな内容で安心した。カールががなる。

「なんでわかったんだ⁉」

「筆跡。このふたつの書類の文字、どっちも同じ癖がある。ロイディール様はなにも言ってなかったみたいだけど多分気づいてると思うぞ? 代筆させるならせめてもっとうまくやれよ。馬鹿だろ、お前」

「すみません。今後は気をつけます」

「いや……、カイに言っているわけじゃなくて……」

 申し訳なさそうに頭をさげるカイ。だがそれは、『次回は筆跡を変えます』という意味だろうか。少々ズレている回答に私は頭が痛くなる。

「ともかく、このあとのことだけど──」

 こめかみあたりを押さえて口にして、私はハッとする。

 ロイドには、書庫番の指導を頼まれている。

 べつにこのままお説教コースでもいいけれど、叱るだけが教育じゃない。むしろこれくらいの新人にきつく言うと明日から来なくなる恐れがある。無断欠勤される。やれクソ上司(パワハラ)だとか言われてしまう。

 だからここは穏便に、優しく。諭すように指導しておこう。
 そう思って言葉のつづきを変えようと思い、そこでふいに書庫の前を巡回する兵士の姿が目に映った。

「……………、カイ、キミは剣は使える?」

「え? いえ。俺、剣術とか習ったことないので使えませんが」

「じゃあ、運動神経はいいほう?」

「そこそこは」

「なら剣術教えるから、あすから第四王子付きの事務官に異動するのはどうかな?」

「は?」

 カイが目を丸くする。とつぜんこんなことを言われたのだ。誰だって驚く。思わず目上の相手に「は?」と聞き返してしまっても無理からぬことだった。

(──ロイドが、目をかけるほどの優秀さ)

 ほかのやつの仕事までこなしてしまう有能ぶり。書庫番にしておくのは惜しいなと私は思った。だからこうしてスカウトしてみたのだが──

「え、嫌です」

 断られた。

「俺、出世とか興味ないですし、王子様付きの事務官とか仕事量半端なさそうなんで止めておきます。家にも早く帰りたいですし」

「…………」

 いっそ清々しいほどのきっぱりとした回答だった。

 私は頬が引き攣るのを感じつつ、頑張って笑顔を作った。

「だ、大丈夫だよ? いまのところ仕事はほとんどないから。上にはオレから話を通しておくし、ここよりは給料もいいからカイにとっても悪くない話だと思う。なによりコイツよりも偉い立場になるし、使われる側から使う側に回れるぞ」

「使う側……」

「ばっ、貴様! 妙なことを吹きこむな! だいたいなんでカイが王族付きになるんだ! そこは俺を選ぶべきだろう!」

「いや、お前にはうちよりもっと適任な職場があるから」

「適任な職場?」

「それでカイ、答えは?」

「無視するなよっ!」

 カールの新しい職場うんぬんはさておき。

 私が首を向けるとカイは悩んでいるようだった。出世にともなうメリットと、平民出でこのさき買うだろうまわりからのひんしゅくを天秤にかけている。

 だからこう説得することにした。

「──ここは、窮屈(・・)だろう?」

 私は窓辺に移動して外を見る。木の上に一匹のコマドリが留まっている。

「ライアス様は厳しいし、使えないやつには容赦がない。けれどあれでけっこう寛容なお人なんだ。多少の無礼なら怒ったりしないし、臣下の言葉にもちゃんと耳を傾けてくださる。だから遠慮はいらない」

 自由に働いてくれて構わない。

「わざと自分を律することも、ヘタな加減もしなくていい。あの人に仕えるなら全力で。カイの力を存分に、ライアス様に貸してくれると嬉しいんだけどな」

 なるべく和やかに、微笑んで伝えてみると、カイはしばし逡巡したあと口を開いた。

「あなたは?」

「オレ?」

「ライアス王子の補佐官ってことは、俺の直属の上司になるんですよね。あなたは俺が口うるさく言っても怒りませんか?」

「口うるさい前提なんだ……。まあ別にいいけれど……」

 無言の間。真摯に見つめてくる瞳に、さてどう返すかと思案する。

 彼の言いたいことはおそらくこう。

 間違いを指摘して逆ギレされた。つまり、上の仕事に口を出しても怒らないか。

 自分が褒められたらカールが拗ねた。つまり、部下の成功に嫉妬しないか。

 それに対する答えはひとつ。

「いいよ。むしろ大歓迎だ」

 カイがきょとんとした顔をする。それに笑って返す。

「当然だろう? 未来の王に仕えるんだ。それぐらいじゃなきゃかえって困るよ」

 ──王も、その補佐役も、間違うことはある。

 そんなときに頼りになるのは他ならぬ忠臣たちの諫言だ。王や私に怯えてろくに意見も口にできないようでは、このさきライアス王の御代は長くは続かない。

 だから彼──カイのような物怖じない臣下というのは貴重であり、今後必要な存在となってくる。

 なぜなら王とは、王座に就けばそれで終わりじゃないのだから。

「いいか、カイ。人は必ず間違える。それはたとえ王であっても変わらない。だから王が道を違えたとき、それを諫めて軌道修正する者が必要だ。そして王佐とは、その役目にあると私は考える」

「はあ……」

「けれど、王を諫めるはずの王佐だって過ちは犯すだろう? そんな時、カイみたいにはっきりモノを言える部下がいれば安心だ。だいたい、上に噛みつけないようなひ弱な奴じゃ、どのみちまともに国なんか動かせやしないからね」

 軽く笑って肩をすくめてみせる。

 そう、すべては国を守るため。民の笑顔を曇らせないため。

 そのために、使えるやつなら中身は問わない。生意気でも従順でも。たとえ腹の中では叛意を抱いていても、能力があれば取り立てる。

 重要なのは、国が正しく機能すること。

「だから、カイ」

 そこでいったん言葉を切り、彼を再度見据えて続きを告げる。

 

「もしも私が間違えたらその時は、カイが私を正してくれ」

 

「────」

 このとき彼がどう思ったのかは知らない。

 けれどカイは息を飲み、呆気に取られた様子でその場に立ち尽くしていた。口を半開きにして茫然と。

 そのあいだに私は窓辺に視線を移す。

 見事な晴天具合。光の柱に照らされて、光蝶(スピル)(いざな)われコマドリは飛び立った。

 時間にしてほんの寸瞬。カイは一歩前に足を踏み出すと唇を震わせた。

「神」

「え?」

 恍惚とした表情で、拝むように両手を組む。

「神上司っす。俺、いままで出会った人の中で、そんなこと言う上司や先輩(うえ)、初めて見ました。ぜひ、あなたの下で働きたいっす!」

「あ、うん。……そっか。じゃあ、まず初めにその語尾に『す』ってつけるのから直そうか?」

「了解っす!」

 カイが頷く。いや、直ってないし。

「……まあ、いいや。これからよろしくな、カイ」

「はい!」

 そんな感じで将来有望な若者をライアス陣営に引き入れることに成功した。私がカイを引き連れ、踵を返すと、カールが『待て』と呼び止めた。

「お前さっき『私』って言ってなかったか? それにこの前会ったときより急に大人びたような気がするんだが……」

「気のせいです。それよりペリードの店、ちょうどいまカフェの店員募集してるらしいから、お前はあすから菓子店勤務な。帰りに寄って伝えておくから」

 じゃあな、と後ろ手を振り、私はカイと一緒に書庫を出た。

 その後、ライアス王子にカイを紹介し、帰宅途中にペリードの店に寄ってカールを推薦しておいた。即採用とのことですぐに制服を用意すると言っていた。

(~以降、五大侯会議へつづく~)


四章の執筆(推敲)再開したー

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