ユーハルドの王佐~青き竜の世界~
※このお話の更新は、終了しております。読んで下さった方々、ありがとうございました。現在カクヨム内で、設定を引き継ぎ『王佐ゼノ』のタイトルにて新たに掲載中です。よろしくお願いいたします。
多くの者が歓喜した。
新たな王を称え、これから訪れる輝かしい未来へと夢を馳せる。
王がその夢を語る。
そしてその後方。涙を流す男が一人。
「やっと……やっと! 俺の夢が叶ったぁああああ──────‼」
──その声は、王の演説を遮るほどの大声だったと未来のユーハルド史に記録されている。
◇◇◇
第一話 「ありがとう」から始めよう
◇◇◇
大陸歴一〇二二年、四月。
ユーハルド王国宮廷。
(──人生詰んだ)
それは予期せぬ出来事。仕方がなかった。されど納得は出来ない。
そんな思いを胸に、アルヴィットは目の前の少年に膝をつく。
「ふむ、そなたが余の新しい補佐官か?」
そう言ったのは、少年。ホールケーキを片手に、つまらなさそうな顔でこちらを見ている。
──ユーハルド王国第四王子、ライアス・フィロウ・ユーハルド。
歳は確か十六……今年で十七だったか。少し茶色みがかった金の髪に、新緑を思わせる瞳。そして全体的に丸い、ぽっちゃりとした少年だった。
「はい、殿下。本日より殿下にお仕えいたします。アルヴィット・ラーツにございます」
そう答えたのは初老の男。この国の大臣だ。
大臣はごほんと咳払いをする。
〝王子に挨拶せよ〟という合図だろう。
だが、それどころじゃない。
(帰りたい)
項垂れるアルヴィットの横で、焦ったように大臣が口を開く。
「あの、アルヴィット殿?」
「え? あぁ……」
流石にまずい。居住いを正し、王子に挨拶をする。
「……大変失礼いたしました。ライアス殿下。本日より補佐官として大役を仰せつかりましたアルヴィット・ラーツにございます」
そして、
「………………あの、やっぱり何かの間違いじゃありません?」
もう一度確認した。
「こ、これアルヴィット殿!」
大臣が焦っている。
無理もない。だがそれ以上にアルヴィットも焦っている。
(よりにもよって第四王子の側近……? ふざけんな! 俺の華麗なる王佐生活はどうしてくれる!)
「? 間違い? 何の話だ」
「も、申し訳ありません、殿下。実はこの者は元々、第二王子殿下の補佐官に任命されていたのですが、その……諸事情でライアス殿下の元へ参ることになりまして、本人にも先ほど告げたことゆえ、混乱しているようです」
王子は「ふむ……」といって考え込んでいる。
「事情はよう分からぬが……どのみち余に補佐官などいらぬ。下がらせて良いぞ」
「いえ殿下……そういうわけには」
「そうはいうてもな、どうせその者もすぐに辞めてしまう。任命したところで意味はない」
(まぁそうだろうな)
ちらりと王子の手元を見る。そういえば朝から何も食べていない。腹減った。
「大体、補佐官ならフィーがおる。十分であろう?」
王子はそう言って、隣に立つ少女に菓子を食べさせる。
もぐもぐとケーキを頬張る、その愛らしい少女は十歳そこそこ、といったところだろうか。
雪のように輝く長い銀髪に、狼を思わせる琥珀色の瞳。それもそのはず。彼女の頭には獣の耳があった。おまけにふさふさした尾も揺らしている。
(はじめて見た……異郷返り)
──異郷返り。いわゆる先祖返り。この国はかつて妖精郷と一つだったらしい。だから妖精だの獣人だのが先祖に入っている家系がある。それゆえ稀に異郷の血が色濃く出る者がいるとかいう話だ。ちなみにそういった人間は、異郷に住まう王の使いである。というのが大陸全土に広がるフィーティア〈妖精の涙〉教の教えでもあり、一部にとってありがたい存在だったりする。
「殿下。フィネージュ殿は護衛官ということもあり、書類仕事は苦手でございましょう? この者は少々変わり者ではありますが、大変優秀な文官なのです。きっと殿下のお役に立つかと」
「……ならばなおのこと、兄上にお付けすればよかろう? そもそも何故余のところに来たのだ?」
(ほんとな)
「そ、それはその……」
少し気まずそうに大臣は話を続ける。
「実は殿下の妹君、リフィリア王女殿下の側近にベルルーク家の三男が着任する予定だったのですが」
「ベルルーク? 侯爵家のか?」
「えぇはい。ですがその……姫君の傍に異性の側近を置くのは如何なものかという話がありまして、急遽別の者に変更したのです。その為、彼を第二王子殿下の元に付かせ、アルヴィット殿をライアス殿下に。ということになりまして」
ほんとに急遽だった。知らされたのが二十分前の話である。
(まぁわかる。三男つってもあっちは貴族、こっちは平民。当然の話だ。大いにわかる。だが! その話題はもっと早くにしろ。完全に俺のぬか喜びじゃねーか)
内心、悶々とした気持ちを抱え、大臣の話を聞いていると王子がこちらに問いかけてくる。
「そなた、爵位は?」
「爵位……ですか。私は平民出身でございます」
「なるほどそれで……」
(なんだ、この王子も平民嫌いか?)
上の連中には平民を厭う者が多い。なぜなら国の要職に就くのは大抵が貴族だからだ。そしてアルヴィットはそういった者たちにゴマをすってここまで成り上がってきた。
「あの、平民はお嫌いで?」
「ん? いやそうではない。余は身分云々を悪く言いはせん」
ただ……と王子は表情を暗くする。
「やはり余にはそれ相応の者しか回ってこんなと思っただけよ」
──あれから二週間。第四王子執務室。
「フィー! 今日はゴモクをやるぞ。勝った方があそこにある菓子を口にできる」
「──! フィー、負けない」
これである。
執務室とは名ばかりで、毎日だらだらと遊ぶか、食うか、寝るかの私室と化していた。
ちなみに〝ゴモク〟とは升目上の盤上に赤、青、黄の石を置いていく陣取りゲームだ。
アルヴィットは部屋の隅に控えていた。
〝控えていた〟と言えば聞こえはいいが、実際はぼーっと立っているだけだ。
しかも毎日。八時間。地獄である。
たまに王子によびつけられたと思えば、菓子を取ってこいだの、図書室へ本を返しに行けだの、くだらない雑務ばかりで鬱憤が溜まる日々だった。
(あぁこれがほんとの窓際族……)
ぼけーと窓の外を眺めていると、なにやら兵士たちが慌ただしく動いている。
(そうか。そろそろ豊穣祭……)
──豊穣祭。今年一年の実りを祈る祭りだ。
とはいえアルヴィットの仕事は第四王子の補佐官。準備も何もない。すごく暇だ。
「さて、そろそろ出かけるとするか」
王子は椅子から立ち上がり、クローゼットを開けた。
どうやらゴモクはフィーが勝ったようだ。菓子を嬉しそうに食べている。
まぁわざと負けたのだろう。見ていれば分かるが明らかに手を抜いていた。
「出かける? そのようなご予定は無かったかと……」
「言ってないからな」
(いや言えよ)
「王子……そういったことは事前に仰っていただきませんと」
「……? なぜ余がそなたに言わねばならんのだ。その程度、補佐官ならば察してみせよ」
(………………)
殴りたかった。
「えーとそれで、どちらに向かうのですか?」
「城下町」
ユーハルド王国 王都グラニエ
「おお! これは良い。みな活気に溢れているの」
軽やかなステップを踏む王子。傍らには護衛のフィー。その後ろを重い足どりでついていくアルヴィット。さらにその後ろから親衛隊のみなさんが付かず離れずの距離を保っている。ちなみに親衛隊長はフィーだ。
──グラニエ王都。木造レンガの建造物が立ち並ぶ活気あふれた町で、国内外問わず集まる美食市場は王国一番の収入源だ。現在は豊穣祭の準備期間ということもあり、通常よりも多くの市場が出店し、正門近くでは行商人が列を成している。
(この時期、検問とか大変なんだよなぁ)
こういった祭りがある時、普段は穏やかな検問業務もさながら戦場と化す。役人も軍人も他の部署から応援を出すほど大忙しだ。
(一部を除いた荷車を全部調べるから……何度応援に駆り出されたことか……)
アルヴィットは昨年の祭りを思い出し、げんなりした。
イベントごとは裏方がいるからこそ、成り立つものなのだ。
「フィー。何か食べるか? あの店の串焼きなんかどうだ?」
「食べる」
王子とフィーは市場を楽しんでいるようで、目を輝かせていた。
「よし、アルヴィットよ。これで余と皆の分の串焼きを買ってくるのだ」
そう言われて財布を渡された。王子が財布……普通は持ち歩かないと思うが。
「はい……」
とりあえず財布を受け取り、露店へ行こうとした時。
小さな悲鳴が聞こえた。
「お母さん! 助けて!」
「大人しくしろ! このガキ!」
大通りの脇、細い路地で大柄の男が幼い女の子の手を掴み、麻袋に入れようとしている。
マズイ。
「おい──」
「そこの! 何をしておる!」
アルヴィットが叫ぶよりも先に、王子が声を上げ、フィーが子供を救出した。
「なっ! 異郷返り⁉」
フィーの姿に驚いている男。その隙に王子が男に剣を向ける。
「……っ! 貴様誰だ!」
「誰でもよい。それより人さらいとは下衆なことを」
「うるせぇ! いい商品がいたから捕まえようとしただけだ! 悪いか!」
よく見るとその子供は珍しい空色の髪をしている。
(多分異郷の血が混じっているんだろう。そういう人間は信仰の裏で一部の馬鹿どもが集めたがる)
「悪い。人は商品ではないし、売り買いすること自体間違っている」
そういうと王子は親衛隊に指示を出す。
「連れていけ」
合図とともに親衛隊数名が男を縛り、連行する。
(意外とまともなこと言うんだな)
正直、身分の高い者の中には人を物だと見ている輩もいる。その点、王子は注文こそ多いが、人を物扱いすることはない。それがこの二週間、補佐官として見てきた中での王子の美点でもあった。
「ほれ、ぼけっとするな。大通りへ戻るぞ」
王子は細い路地を出ていく。
「あぁ、待ってくだ──」
────チリン。
それは一瞬だった。
子供の母親を探そうと細い路地から出たその瞬間。
「────え」
見知らぬ女が現れ、王子をさらっていったのだった。
つづく!