いなばの◯描きブログ

遠野の漫画練習blog

ユーハルドの王佐 第5話-Ⅰ「新たな試み」

(約5500文字)


 

 (そら)を見上げると一匹の馬がいた。大きな(はね)を持つ、天駆(あまか)ける白馬。

 ソレは、「ヒヒン」とひと鳴きすると、(くう)を蹴り、こちらへとやってきた。

 そして、

────確かに届けた────

 脳内に言葉が響く。

「え、あぁご苦労様です」

 反射的に返事をすると、ソレは荷車くらいあるだろう大きな荷物を投げ、再び天へと駆けていった。

「……………」

「天馬ですか! 神々しいですね!」

 隣でカイルが嬉しそうに声をあげている。

(いや、それよりも……)

 焦げた地面を見る。そこにあるのは灰。先ほどまで在ったはずの巨躯は消え、風に舞う残骸のみがただそこに存在するだけだった。

(めっさ怖かった!)

 無理もない。目の前に雷が落ちたのだ。ヌシを伝って感電しなかっただけ運が良かったのかもしれない。

「それにしても、なんで天馬便が? こんな田舎に……」

 ──天馬便(てんまびん)。それは大陸全土に広がる運送手段のひとつ。通常、荷を運ぶ際はロバや陸馬〈=一般的な馬〉に荷を引かせ、陸路を通って運搬する。実際、このベール村に立ち寄る行商人もみんな馬を連れている。なぜなら、天馬便は空路を行くもの。そのため運賃が高く、そう頻繁には使えない高級運送だからだ。

「アルヴィットよ、だいじないか?」

「あ? あぁ、王子」

 どこの誰だか知らないが、天馬便とは気前がいいなと思っていると、王子がこちらへ走ってきた。

「大丈夫ですけど、そっちは? 怪我は?」

「無い。フィーが守ってくれたからの」

 そういう王子の傍らには本業である護衛役をしっかりまっとうしたフィーが誇らしげに立っている。

「それよりも、その荷は何だ?」

「あぁ……えーと?」

 王子に言われ、大きな包みに入った荷物を開ける。出てきたのはいくつもの木箱だった。

「木箱……?」

 数にして十はあるだろう、その木箱をひとつ開けてみると手紙らしきものが入っていた。

「手紙? えーと、なになに……。アルヴィットへ。近所の果物屋が仕入れに困ってるんで、リンゴ送ってくれ。ストラス──って、おい!」

 どうやら天馬便の差出人は友人のストラスからだった。

「ふむ、ストラスという者は?」

「え、あぁ俺の友人です。雑貨店を営んでるんですけど、なんつうもん送ってくるんだよアイツ」

 このいくつもの木箱を見る限り、リンゴを詰めて持ってこい、ということなのだろう。先日確かに店に寄ったとき、里帰りするから土産楽しみにしとけとは言った。

(言ったけど……)

 流石にこの量は欲張りすぎだろうと思う。

「つうか、果物屋の仕入れって……、しかも土産だからタダでいいよな、とか書いてあるし……」

 なんで雑貨店のアイツが仕入れなんぞ受けもっているんだという話だが、おそらくご近所づきあいというやつなのだろう。

「うーん、まぁいいや。帰りの馬に引かせよう……」

 

 

◇◇◇

 

 

「乾杯!」

 収穫の終わりを祝う宴が始まった。

 宴といっても、取れたてのリンゴ料理が並んでいるだけの質素なものだが、今日は山羊肉などものぼっており、あちこちで肉を喜ぶ声があがっている。

「ふふ、あれは余が狩ってきたのだぞ」

 そう言って王子はひときわ大きい塊肉を誇らしげに示す。おそらく何かの獣肉だろう丸焼きが、宴の中心たる火にパチパチと(あぶ)られている。

(山豚かな……)

 ヌシがいなくなったあとの話。最初に捕まえたモグラたちを含め、彼らは大人しく村から出て行った。その後、倒れた木々を植え直したり、落ちた実を拾ったりとアルヴィットは片付け作業に追われていた。どうやらその間に王子は親衛隊を引き連れ、森へ行ってきたらしい。宴の食材取りだとか本人は言っていたが……

(おおかた片付け作業に飽きたとみた)

 多くの穴が開いていたこともあり、まずは穴埋め作業から始まるという、地味に重労働な作業に嫌気が差したのだろう。

「アー君、ちゃんと食べてる?」

「母さん」

 相変わらずふわふわとした雰囲気でアルヴィットの横に座る母。手には数々の料理が盛られた皿を持っている。

「ほら、これも美味しいわよ」

「あー……リンゴはちょっと……」

「もう、またそんな好き嫌いして。そんなんじゃ、大きくなれないわよ?」

「いや、充分すでに平均身長だよ」

 昨年測ったときは、百七十五は超えていた。たしかユーハルドの平均はその辺だったはず。

「お母上、余がいただきましょう」

「あら、ほんとに? それなら。ライちゃんが採ってきてくれたお肉と一緒に食べましょうか」

「おぉ、あの豪快な丸焼きですか。城では見ない料理ゆえ、楽しみにしておりました」

「フィーも」

 そんなやり取りをしながら、三人は今回の目玉である豚っぽい丸焼きの元へ行ってしまった。

(置いてかれた……。つーか王子、いま城っつった?)

 おそらくは既にみんな気づいているだろう王子の正体に、黙っていてくれる家族や村の人に感謝しながら、目の前のパンを口に運ぶ。が──

「──ブッ! まずっ!」

 口に入れたパンはひどく苦くて、なにこれ変な味、という味付けだった。

「ほほ、なかなかにパンチの効いたパンじゃろ」

「村長……。なにこのパン。くそマズいんだけど」

「さてな。確かククが焼いたパンじゃったか。ニガの木の実を混ぜておったぞ」

「あの苦いやつか……」

 この地方では、鳥よけにニガの木をリンゴの側に生やす習慣がある。単純に鳥の好きなニオイを発する実がなるので、リンゴよりもそちらを食べてくれるため、リンゴが無傷で済む。そしてもちろん、ニガの実を食べた鳥はそのあまりの苦さに失神するので、木から落ちた鳥を晩御飯としていただけるという、なんともお役立ちな木なのだ。

「今期は大変じゃったの。奴らのせいであんなに実が落ちてしまった」

「あーそうだな。あれじゃ売り物にならないよな」

 うっすら暗くなった空の下、まだ回収しきれていない落ちたリンゴを見る。モグラたちが暴れたせいで傷ついた実や、中には潰され、食べることもできないだろうものもある。

(年々収穫が落ちてるっつうのに、これは痛いな)

 ここ最近は一つの木になる実の量が少なくなり、採れる数が減ってきている。そこへきてこれでは正直厳しいものがある。

「なに、大丈夫じゃよ。傷がついているものは加工して、ジャムやら干したものにして売ればよい。それなりに需要があるからのぅ」

 ふぉっふぉっと朗らかに笑いながら、「ところで」と村長は話を続ける。

「アルヴィットよ、礼を言うぞ。今年も大いに助かった。土産に好きなだけリンゴを持っていってよいぞ。友人から頼まれているのじゃろう?」

「え、あぁ……じゃあ少し貰っていくよ」

 本当は収穫が減っているのに、そんなごっそりと貰うわけにはいかないのだが、村長の厚意に甘えることにした。

(あとで絶対アイツに金払わせよう……)

「それよりも村長。毎年の行事だろ? 礼言われる以前に当たり前のことだって」

「うむ……。お前さんは相変わらず真面目じゃの。ワシの孫にも聞かせてやりたいわい」

「孫? ああ、トーマスたちか。そういえば、今年は見ないな」

よく考えたら、いつも来ていたはずの村の男たちが少ない。

「あの子たちだけじゃないぞ。他の家のもんもそうじゃ。みな、都会へいったきり帰ってこん」

「あーまぁな……」

 昔は、この地方を管理するグランポーン候、もしくは侯の代わりに直接土地を治める伯爵家の労働力として、土地に縛られ生きる生活だった。だけど、そんな時代はとうに流れ、いまは仕事を好きに選べる。そのためか、村よりも華やかな王都や、侯爵が治める都──候都への就業に憧れる者が多い。

「仕方ないさ。時代の流れだよ」

「言っておくが、お前さんもだからの」

「う……」

 別に、都会への憧れは無いが、村長から見ればみな同じなのだろう。少し気まずい気持ちになりながらも、目の前の苦いパンを口へと放り込んだ。

 

 

◇◇◇

 

「ねぇライちゃん」

「ん? 何です? お母上」

 ライアスはひときわ大きい肉の塊を切り分けていた。これを薄く切って、これまた薄く伸ばして焼いたパンへ挟んで食べると絶品らしい──という言葉に惹かれ、この丸焼き肉を一枚一枚、丁寧に切り取る作業を買って出たのだった。

「あの子は王都で、しっかりやってる?」

「アルヴィットですか? 普通だと思います」

 王都でしっかり、というのが具体的に何をさしているのかライアスにはわからなかったが、流石にスパルタな勉強を強いてくる、ということを母親に伝えるのは忍びないと思い、思いつく限りの返答をした。

「こんな田舎だからね、王都の話はあまり入ってこなくて。あの子は手紙ひとつもよこさないから。ほんとにもう、母心がわからない子に育っちゃったわ」

 そう言うと、アルヴィットの母親──ハンナは溜息をつきながらライアスが切った肉をパンへと挟んでいく。そしてそれをフィーが待っていたと言わんばかりにパクッと頬張っている。

「フィーよ。お母上と余の分も残しておいてほしいのだが」

「ん。おいしい」

 もぐもぐと嬉しそうに口を動かすフィーを見て、もう少し作るスピードを上げないと駄目だなと思い、ライアスは肉を切る作業を早めた。

「手紙……そうですね。そういうことなら余からも言っておきましょう。手紙を出すようにと」

「あぁ、いいのよ。あの子も忙しいでしょうから。ちょっと聞いてみただけなの」

 ハンナの言葉に、いつも暇そうにしてるぞ、とライアスは思ったがそれも言いにくい話なので、なんて答えようとか考えていたらフィーが珍しく会話へ入ってきた。

「アルヴィット、がんばってる」

「あら、ほんとに? お仕事やっぱり大変?」

「んーん。ひま。でも、重いもの、いつも持ってくれる。やさしい」

「フィーよ、それは頑張っていることになるのか……?」

 フィーの言葉にライアスは若干の疑問を抱きつつ、言われてみれば何だかんだ文句は言いつつも、意外と仕事のスキルは高いことを思い出す。もちろん仕事といっても、雑用みたいなものではあるが。

「そうですね。城内で聞いた噂ではありますが、平民出身の中では一番の出世頭だとききます。優秀な文官だとも。それからなによりあの年齢ですから、やっかむ者も多い中、周りとはうまくやっているようです」

「そう。それは安心したわ」

 ハンナはほっとしたような顔で、頷いた。

「昔からね、真面目というか、変なところで正義漢の強い子だったから、お城へ出仕すると聞いたときは心配だったのよ。ほら、お役人さんなんて不正だらけでしょ?」

「え、えぇ……まぁ?」

 ハンナの言葉に、違いますよと言えないところが悲しいところだが、ライアスも役人の不正は耳にしている。人が多く集まるところにはそういうことも多い。もちろん、その辺りは王佐のアルバートが取り締まってはいるが、悪い話は広まるもので、いつの間にか民衆へもよくないイメージが根付いてしまっている。

「あの子ね。村でも一番賢くて、てっきり将来は学者にでもなるのかと思ったのだけれど、まさかお父さんの跡を追って出仕するなんてねぇ。あの子は父親嫌いだったから」

「ほう、アルヴィットの御父上も城へ?」

「いいえ、下級役人だったもの。確か王都の通貨商だったかしら、毎日雑用ばかりで大変だったみたい」

「通貨商……」

 通貨商といえば、国内外の金銭を扱う機関だ。ライアス自身は詳しい仕事内容を知らないが、中級以上で城への勤務が認められ、下級役人は地方や、王都内の各所機関での任につく。いわゆる下っ端としてだが、恐らくアルヴィットの父親もそうだったのだろうとライアスは思う。

「そういえば、アルヴィットの御父上はすでに亡くなられたと聞いております。たしかご病気だったと」

「あぁいえ、違うのよ。病気というより心がね……疲れてしまったのかな」

「心労というやつですか」

「えぇ。もう四年前になるわ。あの子が仕官試験に合格した日、薪小屋で首をね……。ちょうど王都から届いた合格証書を見せに、あの人を探しに行ったあの子が見つけてね」

「あ…………」

 そう言って悲しく笑うハンナになんと声をかければいいのかライアスはわからず、言葉を考える。すると、

「お墓」

「フィー?」

 先ほどまでパンを頬ぼっていたフィーが、足元に生えた小さな花を摘み、ハンナへと見せた。

「お花、そなえる」

「フィーちゃん……」

 フィーは花の他にパンも取ると、「これも」と言ってライアスに渡した。

「うむ、そうだな。村を出る前にご挨拶に伺おう」

 ハンナにそう言いながら、アルヴィットが墓場に近づかなかったことをライアスは思い出す。『父親嫌い』だとハンナは言っていたが、亡くなった現場を最初に見つけたのはアルヴィットだ。それも自死。彼にとっては元々よく思っていなかった父親の、そんな最期には心中複雑な想いなのだろう。

「ふふ。優しいのですね」

 ライアスとフィーの言葉にハンナは嬉しそうに笑い、そしてその場へ跪く。

「え! あの、御母上⁉ どうなされた」

「ライアス殿下。どうかあの子のこと、よろしくお願いいたします。自慢じゃないですが、とても優しくて賢い子です。きっと殿下のお役に立つことでしょう」

 ハンナはそのままライアスへと深く頭を下げる。

「な、ななな何のことでしょう? 余は王子などでは……。いや! それよりもお立ち下さい。そのように座っては服が汚れてしまいます」

 ライアスはハンナを立たせ、テーブルに置いてある布を渡した。

「殿下」

「いえ、殿下などと……余はただのライでして……」

 ここへはアルヴィットの部下として来ている。だからハンナにバレてしまってはマズいと思い、ライアスはひどく焦った。

「だいじょぶ、みんな知ってる」

 うろたえるライアスにフィーが言う。それを見たハンナが可笑しそうに笑い、

「ふふ。ではそういうことにしておきましょう」

 そう言いながら完成していた肉サンドを食べ始めたのだった。

 


(つづく!)

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