(7000文字弱です)
※多いので、分割しました。(4000文字弱) 2022/6/5
──かつて、世界は一つだった。
色とりどりの花が咲き乱れ、散ることのない穏やかな楽園。
だけど、ある時三匹の竜が天地を裂く争いをした。
美しい空は陰り、大地は燃え、青き海は朱へと変わった。
これを嘆いた異郷の王は涙を流し、争いをとめると世界を三つに分けた。
竜達が二度と争わないようにと。
それ以降、三つの世界が交わることは無く、星の平和は再び戻った。
そして王は失われた楽園にて、いまも全ての世界を見守っているという──
──ドカっ!
「痛っ! 何をするアルヴィット!」
「お勉強の最中なんでー、眠らないでもらえます?」
アルヴィットはそう言って、本を開いた。王子は後頭部をおさえて悶えている。
「くっ……だからといって本の角は無しだ、無し! そなた余を誰だと心得る」
「我がユーハルド王国栄えある第四王子、ライアス殿下です」
「それは嫌味か」
「いーえ、全く。微塵も」
アルヴィットは王宮内にある図書室にきていた。半月前にライアス王子の補佐官へ任命され、なんやかんやで王を目指す気になった王子とともに日々奮闘している。そして現在、王子に勉強を教えているのだが……。
「王子、まだ四ページ目ですよ。というか目次とか飛ばすとまだ一ページ目なんだけど……やる気あります?」
講義を始めて早十分、やっぱりと言うべきか、王子はすぐに居眠りをはじめ、アルヴィットの本(角)がうなるのであった。
「はー……あるわけなかろう? そなたは馬鹿か?」
──バコン! もう一発、本の檄が飛ぶ。
……と思いきや、真剣白刃取りよろしくフィーが本を受けとめていた。
「ナイス! フィー」
王子が褒める。
(く……防がれた)
暴力だめ、とフィーが言っている。ごめんなさい。
「はー、仕方ねーなぁ……分かりやすいよう順を追って神話から始めたのに……」
王子は神話がお気に召さないようで、他に何か代わりになりそうな本を探す。
「──と、あ! これはどうだ? 王子! これ」
「うん? ────惑星の全て?」
「そう。国の歴史の前に神話からって思ったんですけど、星の成り立ちからはじめたほうが解りやすかったですよね」
勉強は一から学ぶ方がなにごとも頭に入りやすいものだ。とアルヴィットは仕官試験の時を思い出しながら、王子に星の本をすすめる。
「いや……なぜそこまで遡る。普通に歴史からでよかろう」
「いやだって、歴史嫌いって」
「当り前よ。歴史など学んで何とする。余は今を生きているのだ。生まれる前のことなどに興味は無い」
「…………さいですか」
こんな感じで王子は勉強があまり好きではないらしい。好む本といえば、よくわからない数式の本か、料理の本くらいだ。前者はともかく後者は何の役にも立たない。
「さて、勉学も頑張ったことだ。執務室に戻るかの」
そう言って王子は席を立つ。
(図書室に来て、まだ三十分しか経っていないんだけど……)
とはいえ、主君にそう言われては、従わないわけにいかない。アルヴィットも王子とともに図書室を出る。すると、廊下の先から軽く言い争うような声が聞こえた。
◇◇◇
「兄様、邪魔しないでください」
「いや、駄目だよ。私が探しておくから、部屋へお戻り」
「ちょっとくらい平気です」
「駄目だって」
「むー、ルーベ兄様の過保護!」
そう言って、頬をぷくーと膨らます少女は、若菜色のドレスに身をまとい、ハニーブロンドの髪を後ろ半分にまとめた、可憐という言葉がよく似合う少女だった。もうひとり、困ったように微笑む男は、深い緋色の制服に、淡い金髪の二十代前半くらいの人物だ。こちらは優雅という言葉がよく合う。そして、どちらも色合いは違えど、翠玉のようにきれいな瞳をしていた。
(あれって……第一王子と第二王女じゃ……)
「ルベル兄上! リーア!」
王子がふたりの元へかけよる。
「あぁ、ライアス」
「どうされたんですか、このような場所で」
「ちょっとね。リーアが我儘を言うものだから困っていて」
「我儘ですか?」
「うん」
溜息をつき、心底困ったという表情をみせる彼は、ユーハルド王国、第一王子ルベリウス・リム・ユーハルドだ。王位継承位第一位。つまり、ライアス王子にとって最大の敵となるだろう相手。現王、レオニクス王は正式に王太子を決めてはいない。が、政治の半分を任されている彼は最も王座に近い人物だと言われている。そして、
「お兄様、違うのです。ルベリウスお兄様は少々心配性なんです」
鈴のように澄んだ声でしずしずと話す彼女は第二王女、リフィリア・フィロウ・ユーハルド。そう、フィロウ。ライアス王子と同じ母親を持つ妹姫だ。確か病弱で、ほとんど部屋の外には出ないと聞いている。実際、アルヴィットも三年くらい城につとめているが、城内で彼女を見かけたのは二回くらいだ。
(あれ? さっきとなんか雰囲気が違うような)
「心配性じゃないよ。木に登ろうとしていたからとめたんだろう?」
(木?)
「ル、ルベリウスお兄様っ」
なにかの聞き間違えだろうか。
「駄目だよ? 熱があるのに、木に登ったりしては」
やれやれといった感じでルベリウス殿下は妹姫に注意している。
「いや兄上、熱以前に木に登るのはどうかと……」
姫ですし、と王子が至極まっとうなツッコミをいれた。
(あぁあれかな、熱による幻覚的な)
リフィリア姫はまさかの行動を暴露され、熱のせいなのか、恥ずかしいのか、顔を赤くしながら、こちらをチラッとみた。
「あの、ライアスお兄様。そちらの御方は」
「ん? あぁ余の新たな補佐官だ。そういえば、リーアも兄上も会うのははじめてだったか……」
ほれ、挨拶せよ、と王子に促され、アルヴィットは三人の元に跪き、挨拶をした。
「なるほど……君がアルヴィット君か。
大臣から聞いているよ、辞令の件は迷惑をかけたね」
「……?」
何のことだろうか。
「サフィールの補佐官の件、変更を命じたのは私でね。突然のことですまなかった」
(あぁあれか。確かに側近が緑じゃな……)
病弱な姫のことだ。ほとんどの時間を私室で過ごすとなれば、話し相手になりそうな女の側近のほうのがいいだろう。実際、姫の後ろには、どこかの令嬢だろうか、淑やかな若い女の人が付き添っていた。
(……あれ? あの人どこかで……)
彼女はアルヴィットの視線に気がつき、軽く一礼をした。その髪は淡い緑の髪で──
「緑!」
思わず叫んでしまった。
「おや、知り合いかな?」
「え、いえ、その……なんでもありません」
(あれは絶対、あいつの姉か何かだ)
だって髪、緑だし……とアルヴィットは思う。
「……? まぁいいや。そういうわけだから、リーア、部屋に戻って寝ていなさい。猫は探しておくから」
「猫?」
「うん。窓から猫を見たらしくてね。どうもそれを探して城内を歩き回っているみたいなんだよ」
(なるほど、それで木の上にでも猫がいたのか)
「リーア、駄目じゃないか。風邪をこじらせると大変だぞ?
猫なら余も探そう。だから、さっさと部屋へ戻るのだ」
「お兄様まで……。熱ならもう下がりましたのに」
しゅんと落ち込む姫君。それを、ほら送るから──と促すルベリウス殿下。
「ライアス。もし見かけたらキースにでも伝えて。出来れば確保もお願いしたいけど、猫は素早いからね、大勢で囲んだ方が早い。私の部下たちにも探させるから、みなで協力してほしい」
「わかりました」
「よろしくね」
そう言って、二人は廊下を歩いて行った。ルベリウス殿下の、
──ああ、そうだ。猫の特徴だけど虹色の猫だってさ
という爆弾発言を残して。
◇◇◇
虹色の猫。
異郷に住まう猫。その姿は、輝くオーロラのような七色の毛で覆われており、黄金の 瞳を持つ美しい猫。
…………なわけがない。
(完全に幻覚じゃねぇか)
そう。そんな猫はいない。だというのに、アルヴィットは謎の猫を探して、城内のバラ園に来ていた。王子とフィーも律儀にあたりを探している。親衛隊も一緒だ。
「はぁーなんでこんなことに……」
「これ、アルヴィット。手がとまっておるぞ。この花園は死角が多い。バラの横などに隠れていないかよく探せ」
「いや……探せって。いるわけないでしょう? そんな猫」
そもそもここはバラ園だ。いたとしても棘が危ない。怪我でもされていたら困る。
「確かに余も虹色の猫など見たことはないが……リーアの言うことだしな。いるかもしれぬ」
(いないよ、絶対いない)
そんなこんなで、さっきから庭だの、厨房だの、猫が行きそうなところを探している。ちなみにあちこちで緋色の軍服を着た兵たちを見かけるのは、おそらく彼等も猫探しだろう。
このときばかりは同情する。
「ラーツ殿、こちらは見当たりませんでした。そちらはどうですか?」
そう尋ねてきたのは、さきほどルベリウス殿下が言っていたキースという男。キース・グランポーン。侯爵家の出身。殿下と同じくらいの年齢で、すっきり黒髪短髪のイケメンだ。なんとなく、劣等感を感じる。
「こちらもまだ。もう少し、お時間をちょうだいするかと」
「あぁ、大丈夫です。私どもは、あちらの離宮を探すので、このあたりの捜索をお願いします」
「わかりました」
そう言ってキース卿は兵たちに指示を出している。彼はルベリウス殿下の補佐官だ。つまりアルヴィットと同じ立場ということになる。
(大変だよね、主の命令聞くのも)
探すのに疲れてきた。めんどくさい、と思いながら適当に草をかきわけていると、
「アルヴィットよ、真剣に探せ」
王子に渋い顔をされて怒られた。
「はー……。俺、猫探しのために仕事してるわけじゃないのに……。しかも虹色ってどんなファンタジー?」
ぶつぶつと不満を言っていると、隣で黙々と探すフィーがとんでも発言をした。
「虹の猫、フィー知ってる」
「え! うそ!」
「本当」
まさかのここにもいた。頭大丈夫だろうか、と一瞬心配になった。
「なんだ、フィーは見たことあるのか」
「ん。三日前、見た。きらきらしてた」
「ほう、やはりいるのか……。猫はどのあたりで見たのだ?」
「執務室。クッキー食べてた」
「なに! 余の執務室か⁉ これは、盲点だったな……」
王子はとくに疑問も持たずにフィーの話を聞いている。
(なにこの会話……)
「よし、そうと決まれば余の執務室へ急ぐぞ!」
そんなわけで、バラ園での捜索を切りあげて、執務室へ探しにいくことになった。
三日前ってことはいま行ってもいないんじゃ……という疑問は置いといて──
つづく!